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M-51Parkaに関する2,3の事柄

カテゴリ:映画( 34 )

タイガーストライプの迷宮・番外編「松竹ヌーベルバーグ観てたら、VMSが出てきたよ」の巻

 皆さん、じわじわと広がりつつある感染拡大の局面、どのようにお過ごしでしょうか?不要不急の外出を控えることができる方もいらっしゃる一方、仕事関係やデューティーで、なかなか家にいられない方もいらっしゃるのではないかと存じます。標準防護策としての手洗い、うがい、マスク等、充分お気をつけてお過ごしください。
 最近川村は、休日の外出を控えるにあたりサブスクリプションの動画配信で、タイトルだけは知っていたけど観たことはない古い映画などを、古典として見返ししているところです。80年代の角川映画や、70年代の東映「仁義なき・・」とか「李小龍」関係、60年代「松竹ヌーベルバーグ」や50年代の松本清張のサスペンスなどなど、百聞は一見に如かずで、「あーこんな内容だったんだあ」と妙に納得したり、驚いたりしています。
 大島渚監督は、好きな監督ではあるのですが実は作品は数本しか観たことはありませんでした。で、今日は67年公開の「無理心中 日本の夏」をたまたま観てたわけなのです。
 これタイトルだけだとどんな映画か全く想像もつかなかったんだけど、何の予備知識もなしに見はじめたのでした。
 タイトルクレジットに何故か「中田商店」が出てきます。あれ?銃撃シーンとかたくさん出てくるのかな?などと思います。
 オープニングのシーンはかなりシュールな描き方でシチュエーションを把握するのは困難です。未開通の高速道路?の路上でのファシスト?のパレードや黒衣の坊さんの祈祷?のあとに、ぽつねんと佇む男(佐藤慶)が現れます。
 思わぬものが写っていて、息を呑みます。どひゃー!、これジャングルプリント着てるじゃん!それもアーリータイプ(JWS)?いや違う、肩当て付き、エポレットなし、カバー2ポケ、これベトナム共和国軍カットのファーストパターン(VMS)じゃね??
 もう神経がそちらに気を取られて映画どころじゃありません(笑)。当然、1967年という同時代なのでフルオリジナルでしょう。タイトルの謎は作中でなんとなくわかるのですが「LONG HOT AMERICAN SUMMER」1967年同年のデトロイト暴動に引っ掛けているようです。ガンマニアの高校生(田村正和)やアメリカ軍の脱走兵?とかも登場して、クライマックスは警官隊と銃撃戦です。作品の展開はシュールで、好き嫌いの好みのわかれるところでしょう。てゆーか、こういった「難解」な映画を松竹という大手が配給していたというその時代性に驚かされます。いやはや、なんだかんだ言ってやっぱり60年代は熱い!
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(予告編)
いやこれ、予告編と違ってぜんぜんエロくないです。やっぱ時代なのかなあ。てゆーか、当時エロを期待して映画館に入っちゃったヒト、どうしたんだろ?


by poemaquince | 2020-04-05 00:46 | 映画 | Comments(0)

映画「テルアビブ オン ファイア」観てきました。舞台はウエストバンクのラーマッラ


 1967年、第三次中東戦争(イスラエル呼称「六日間戦争」)直前を舞台にした「メロドラマ」を(現代の)パレスチナのTV制作会社がつくって流行ってる!というシチュエーションのお話です。そんな設定を聞いただけでどんな映画か興味津々です。それも喜劇で!
 というわけで、師走も押し迫った12月30日、新宿シネマカリテで観てきました。  
 いやはやこれ、お正月にもピッタリ。エンタテイメントとして素直に笑えます。デートにだって大丈夫です。
 パレスチナ西岸地区(ウエストバンク)のラーマッラにある、おじさんのやってる番組制作会社にもぐりこんだ主人公が、ままならない事情でドタバタするのですが、実はわたくし川村は、なぜか去年の今ごろ、この映画の舞台となったパレスチナ西岸地区のラーマッラにおりました。映画を観て、街の雰囲気などが彷彿として感慨深くもありました。それを置ておくとしても映画としての完成度も高く、楽しめて、やがて考えさせられる、観て損はない映画と思います。
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 余談だけど、映画では、イスラエル兵は長身のM-16系?を持ってます。去年行ったときは大抵M-16系のカービン的なやつ(よく知らないけどM4?)を持ってました。川村はイスラエルの兵士って、ガリルとかウジとかの国産銃器を装備していると思ってたので、米国製銃器を持っててびっくり。さすが実戦国家は「合理的」で、過剰な「国産」へのこだわりがないということなのでしょうか?
 あと当然だけどパレスチナ警察はカラシニコフ系列でした。
お正月、新宿シネマカリテで上映中!!
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こちらは映画ではなくて去年の今頃
年末(2018)のラーマッラの街並み
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分離壁にはこんなデコレーションも!
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大晦日のラーマッラ、みんな(若者?)自動車で街中をぐるぐる廻ってる?
自動車は、シュコダと起亜が多かった。
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新年にデコレートされたPFLPの旗
ラーマッラは世俗の政治勢力が強い気がした。
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パレスチナ「西岸地区」からバスでエルサレムへ向かう途中の境界線
川村の背負っていたバックパック(ラックザック,コンバット,トロピカル)がゲートに(物理的に)引っかかって、赤ランプが点灯して列がストップしてしまい、おろおろ
結構待たされて、2名の兵士が到着、ゲートの赤ランプは淡々と回復
ゲートの先で、若くて子どもみたいな担当の兵士からパスポートと荷物のチェックを受ける。向こうも明らかに緊張しているのが感じられる。
あと、IDカードが「無効」と通してもらえなかった地元のお姉さんがいたけどどうなったんだろうか。
バスを降りて徒歩で検問所を通過した。
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新年(2019)、エルサレムの旧市街を望む
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エルサレム旧市街 イエスがゴルゴダへ向かった路?
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by poemaquince | 2019-12-31 21:17 | 映画 | Comments(0)

夏休みにこれはお勧め! 映画「DIE UNSICHTBAREN(ヒトラーを欺いた黄色い星)」観てきました。 (番外編)

クラウス・レーフレ監督「ヒトラーを欺いた黄色い星」(原題:DIE UNSICHTBAREN/不可視の存在)を新宿武蔵野館で観てきました。

さて映画は、第二次大戦下のドイツベルリンに住む若者が、ユダヤ人というルーツのためナチの迫害を逃れてなんとか生き延びるという実話がベースになっています。物語の要所に本人たちの回想インタビューも挿入されてドキュメンタリ感を高めます。見てるほうは引き込まれてドキドキしてしまいます。自身があの時代のあの立場にいたら、果たして生き延びることができただろうかと自問します。あるいは、ベルリンに住むドイツ市民であったらどういった振る舞いができたであろうかとも考えます。

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この映画に登場する4人は何とか1933~45年の期間をサバイブできた幸運な人々です。映画では彼らを助けようと奮闘する勇気ある誠実なドイツ市民や政府の官僚がいたことも描かれます。そしてかれらの少なくない人たちが逮捕され処刑されてしまします。

一方、その背景にいた「無関心」・「怯懦」、あるいは「ファシズムへの統合」を求めた数千万人のドイツ人は直接は描かれません。また、迫害を受けた数百万人のユダヤ系市民(あるいはロマやシンティなどの少数民族、占領地の外国人、政治的反対者、同性愛者、障碍者など)の犠牲者についても、史実の基礎的な知識がないと、迫害についての想像力が追いつきません。

作成側は、映画の中でわざわざ言及しなくとも、そんなことは現代社会の共通認識、了解事項ということという認識だからなのでしょう。それはその通りと思います。

しかしながら日本においての一般教養教育としては、ナチの「絶滅計画」は、ほとんどがスルーされています。「世界史」の教科書でさえ数行触れられているにすぎません。(例えば山川「詳説世界史B」では、《独ソ戦》の項で〈短期戦に失敗したドイツは、戦争経済を支えるため東西ヨーロッパの占領地から工業資源や食料を奪い、数百万人の外国人をドイツに連行して強制労働につかせた。また、支配地域にも人種差別主義を強制し、多数のユダヤ人やスラヴ系の人々をアウシュビッツなどの強制収容所で殺害した。〉とたったこれだけです。)

なので、この映画を見たことをきっかけにして、若い人たちは是非「戦争」と「国家」について思いを馳せてほしいと思います。

なぜドイツ人はナチ党に投票したのか?

ドイツにおいてユダヤ民族差別の主張がなぜ容認されたのか?

全体主義がある国の社会を席巻するのはなぜなのか?

フェイクな情報を一定数の人々が「信じて」しまうのはなぜなのか?

(実は「映画の日」だったので東中野ポレポレにもハシゴして、ドキュメンタリー「国家主義の誘惑」(渡辺謙一監督)も見ようと思って会場へ行ったのだけれど満席だったので諦めちゃいました。もっとも「映画の日」割引もない特別料金だったけど。)



by poemaquince | 2018-08-04 15:22 | 映画 | Comments(0)

2018年5月6日 TOKYO NO HATE のフロートで考えたこと

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NO HATE CONNECTION」宮越里子氏のかこいーデザイン!!


 201856日、渋谷代々木公園での「東京レインボープライド2018」のパレードに参加してみました。いやはや会場はすごい人だかりです!性的志向や多様性の尊重をテーマとして、NGOや企業ブースのほか、EUや自治体のブースも出ているようです。イスラエル大使館もブースを出店しています。そのブースの前ではイスラエル当局のパレスチナ人への抑圧に抗議する人たちもいたりします!! 曰く「多様性の尊重に賛同しながらその一方でパレスチナを暴力的に蹂躙するイスラエル当局の「ピンクウォッシュイメージ戦略」への対抗」いやはや、さすが虹の祭典です。その抗議、全面的に支持します!!

 さて、フロートは次々と出発していきます。なんと全部で37グループのフロートパレード(デモ用語でいうところの梯団ね)が出るみたいです。どのフロート参加するかは選べる(申し込み時間制限あり)のですが、企業フロートはゼッタイヤダし、やはり名前で選ぶのなら「TOKYO NO HATE」といったところでしょうか。TOKYO NO HATEのフロートの出発は14時です。それまでに渋谷のコンビニで腹ごしらえです。


 今回のTOKYO NO HATEの先導は、女性MC WAKAKOさん& Kinueさんです。いやカコイーっす。いきなり「トウキョーノーヘイト」のコールが続きます。そしてWAKAKOさん(たぶん)の「わーたーしーは〜だまらないー」に痺れます。大盛り上がりの2Km(推定)でした。

 家に帰っても「トウキョーノーヘイト」のコールが頭の中をぐるぐる回ります。そして「わーたーしーは〜だまらないー」も耳の奥でこだまします。そのことば意味について、うつらうつら考えたりします。「わーたーしーは〜だまらないー」・・・「私は黙らない」、・・・パレードの時は思い浮かばなかったのですが、そのことばが最近観て来た二つの映画とダブります。ああ、同じテーマだ。ひとつは「ラッカは静かに虐殺されている」もうひとつが「タクシー運転手」、前者は内戦下のシリア、とりわけIS占領下でのラッカでの状況をレポートして発信しようと活動するシリアの人々のドキュメンタリー、後者は80年韓国クァンジュでの市民弾圧、いわゆる光州事件の状況を取材する海外ジャーナリストとそれに「巻き込まれた」タクシー運転手のお話です。共通する「黙らないことの責任と困難さ・・・」

 連想はつぎつぎ広がります。少し前だったけど、つづけざまに観たドキュメンタリー映画二本も思い出します。「ハーヴェイ・ミルク」と「三里塚のイカロス」、前者は70年代のサンフランシスコの市政委員に選出されたゲイ活動家で、のちに同僚の「まじめな」市政委員に射殺されてしまう。後者は(革共同の飛翔弾ではもちろんなくて)、60年から80年代にかけての三里塚闘争にかかわった当事者たちの証言をまとめたもの。これらもまた、全く違う意味での「黙らないことの責任と困難さ・・」が想起されます。「わーたーしーは〜だまらないー」って、けっこうオモッ!

 4っつの映画がつぎつぎ想起されたけど、ドキュメンタリーの3本は個人的にはすごく面白かった。光州事件をテーマにした「タクシー運転手」は、期待が大きかったせいか後半少しエンタメドラマにより過ぎで、すこしやり過ぎかなと感じてしまいました。

追記:そーいえば、「ペンタゴンペーパーズ」もみていたのだけど、全然思い浮かばなかった。お金持ちのセレブの話だったからかな?




by poemaquince | 2018-05-08 22:48 | 映画 | Comments(0)

今の日本と重ねてしまう映画「否定と肯定」(DENIAL[否認])観てきました。

 いわゆる「法廷もの」としても楽しめるけど、現代に於ける「歴史修正主義」への抗(あらが)いの「しんどさ」について様々な視点から考えさせられました。ネタバレ?を含むかもしれないので、これから見ようと思ってるヒトは、観終わったあと読んでいただければ幸いです。
今の日本と重ねてしまう映画「否定と肯定」(DENIAL[否認])観てきました。_a0164296_23505929.jpg


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 さて、判決は被告(主人公)の勝訴で終わります。映画で描かれるその法廷戦術は、原告アーヴィングの「人種差別主義」「性差別主義」っつぷりをあぶり出すことによってその主張の信頼性を挫くというものでした。嘘はだめ、差別はだめという市民社会での「コモンセンス:共通認識、規範意識」を前提としたものです。
 訴えられた主人公(リップシュタット)は無罪となり、原告アーヴィングの訴え(名誉毀損)は認められません。映画の観客はそこで物語のカタルシスを感じて安堵するのですが、映画のラストシーンはまだ続きます。敗訴したアーヴィングがTV番組に登場して判決の「誤り」を述べたてています。そしてその番組を見ていたリップシュタットの弁護士が彼女に「実際に勝ったのはアーヴィングだ」といって映画は終わります。
 この映画をみながら、我が国のいまの社会状況を重ね合わせてしまうことがたびたびありました。
 現実の社会に於いても、その後の欧州や、米国に於ける「不寛容」な政権の登場、あるいは日本に於ける「歴史修正主義」史観に親和性を持つ政権の登場など、いわゆる「歴史修正主義」が退潮している傾向はみられません。
 そして、何故か「修正主義歴史観」の傾向は、我が国では自称「保守主義」者(もしくはネトウヨ、または総理大臣)、欧州では「ネオナチ」などにみられます。
また、映画は、たとえば観客に次のような問いかけもしてきます。
 ●歴史に於ける自己の立場性について、もし自身が大戦中のドイツ市民であったら、ユダヤ人の迫害というその狂気に抗うことができたか
 ●法廷戦術について、証言を希望する当事者(収容所から生還した)の願いを尊重するか
 
そして、観終わったあとも想念はさまざまに広がるのでした。

《閑話休題》
最近(?)観て来たその他の「あの時代をテーマにした映画」についてのひとこと
〈密偵〉コン・ユかこいー。日帝側の人物ももう少し掘り下げてほしかった。個人的には「暗殺」のほうがグッときました。
〈ハイドリヒを撃て〉暗殺作戦の実行により無辜のプラハ市民が1万人殺されてしまう。チェコ亡命政権指導部の責任は重いと思った。ろう城のクライマックスで銃撃戦アクションは最小限でよい気がする。あと邦題「ナチの野獣暗殺作戦」って、何とかならない?「エンスロポイドーハイドリッヒ暗殺ー」くらいで良くね?
〈永遠のジャンゴ〉21世紀の映画で字幕が「ジプシー」っていったい。劇中では自らシンティって言ってたシーンもあったよ。
〈ダンケルク〉これってタダの「英雄譚」じゃね?つまらなくはないけど。
by poemaquince | 2017-12-11 23:52 | 映画 | Comments(0)

いやコレまさにリアル「シン・ゴジラ」だ!!映画「太陽の蓋」観てきました(今更ながら)

 先週、ひさびさに映画のはしごをしてきました。
 午前中は新宿でケン・ローチ監督の「わたしは、ダニエル・ブレイク」、夜は佐藤太監督の「太陽の蓋」を観てきました。
 「ダニエル・ブレイク」のほうは、カンヌ「パルムドール」なのですが、英国の「緊縮財政」が善良な(元)納税者を痛めつけるお話です。疾病でリタイヤするまでしっかり税金を払っていてもセーフティネットは穴だらけという労働党も保守党も陥った「緊縮財政」に対するケン・ローチ監督の静かな怒りが伝わってきます。いやまあ、人間の尊厳を挫くお役所の対応のお粗末さへの怒りはその通りなのだけど、サービスを維持する財源を誰がどう負担するのかという問題は解決が困難ではあるようにも思えます。
 そして掘り出しものは同日夜に観た「太陽の蓋」です。途中すこし冗長に感じられる部分もありますが、あの3.11の、とりわけ原子力災害に関しての官邸のドタバタぶりを上手く描いています!アレ?このテイスト!「シン・ゴジラ」じゃん!!
 映画「シン・ゴジラ」で描かれる対応のごてごて感とそっくりです。原子力保安院は、「あたしは東大の経済学部卒(文系なので分からない)」と開き直っちゃうし、東電は何を恐れてか情報を上げてこないし。あちらはフィクションだけど、こちらは実話ベースのお話です。一歩間違えばマジで首都圏壊滅の恐れありなシリアスな状況です。
 初公開は、2016年7月で、「シン・ゴジラ」とほぼ同時期の封切りだったようですが、アレ?だれもこの類似に気づいてないの??と思ってググって見たら柳下毅一郎さんほかみなさん言及してました(笑)。いや、この映画、もっと話題になって良い映画と思いますよ。特に「シン・ゴジラ」と併せて観るのが良いでしょうね。「ゴジラ」はほんとはいませんけど「ゲンパツ」は日本にもたくさんアリますからね。
 3.11からすでに6年、フクシマ原発について、最近では当時考えられていたより炉心のダメージが深刻であった事が明らかにされたりしています。マジで首の皮一枚だったわけで、ほんと東京は「たまたま助かった」といっても過言ではないでしょうよ。(ベントしてくれた東電決死隊のみなさんはじめ、当時コントロールに尽力された皆さん!ホントにありがとうございました)
 米国では幻冬舎から新書で出版された菅元総理の「東電福島原発事故-総理大臣として考えたこと」の英訳版が出版され、コロンビア大学の講演では700名の聴衆が集まったとか。
 アレバもウエスティングハウスも破綻しているなか、なぜが三菱重工や東芝のジャパンマネーが両社につっこまれて巻き添えを食らっています。商売を含め時代はもう原発から移っているのにアレ政権はなんで今更原発をエネルギー計画で「ベースロード電源」に戻してしまってるんだろ?
 道理に蒙(くら)く、歴史を透徹する知性の足りないアレ首相は、これ以上日本社会を毀損する前に一刻も早く政権から退場してほしいと心から願っていますよ。
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      ©2016 「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi
by poemaquince | 2017-04-09 01:10 | 映画 | Comments(0)

UNDER THE SUN ドキュメンタリー映画「太陽の下で」観てきました。(泣き)

 ロシア人監督のドキュメンタリー映画「太陽の下で ー真実の北朝鮮ー」を、シネマート新宿でみてきました。この映画をみると、かの国に生きる人々が切なくて泣けてきます。
 ロシア人の監督が、ピョンヤンの市民生活のドキュメンタリーを撮るという名目で北朝鮮当局の許可のもとカメラを廻し、そのドキュメンタリー撮影の「シーン」の背景も含めて撮影するという手法で「北朝鮮当局」のドキュメンタリー演出を描く「メタ・ドキュメンタリー」になっています。
 カメラに写る街並みは整然としています。たぶん、「革命首都」のピョンヤンであるからなのでしょう。また、思いのほか皆さん華やかな装いをしています(国内産の衣料が、あまり入手できず中国から輸入されたものがカラフルだからという説もあるようです)。みたところ街中ではトロリーバスも結構稼働していますし、日本製の自動車も沢山走っています。その一方で、小学生のこどもには「倭奴(ウエノム/帝国主義の日本人)や地主を金日成将軍が追い払ってくださった」みたいな授業をしています。ちらとですが三菱鉛筆ぽいものを使ってるこどもも写ります。彼らの中で「倭奴」や「米帝、南朝鮮と同盟する日本」と、街で見かけるクルマや日用製品をつくる「日本」がどのようにつながっているのかを聞いてみたい気がします(案外、日本製とは気づいていないかもしれませんが)。
 まあ、今回の映画で描がかなくとも、かの国の「ドキュメンタリー」フィルムには、「演出感」がありありと「にじみ出て」いるので、それを真(ま)に受けるひとは少ないと思うのだけれど、それでもこのような形であらためて克明にその「メタ」な状況がかいま見られるのは、興味深くはあります。
 ネタバレになるので詳細は省きますが、川村もラストのシーンでは涙が止まりませんでした。そして、「我々は彼らを笑えない。笑ってはならない。」と自らを省みて強く感じ、戒(いまし)めとしました。
 かの国のかれらは命を賭けて否応無く「ウソの世界」を生きています。振り返って我々はどうでしょう。テレビの「バラエティー」や自称「報道機関」のアレをマに受けるとか、耳触りのいい「ネットDE真実」でホントのことを分かったつもりになっていたりとか、自ら検証するという努力も無く、安逸に「情報」を求め、都合のいい解釈を「真実」として信じていたりします。かの国の彼らは選択の余地なく情報を強制されているわけですが、ひるがえって我が国に暮らす人々はまさに自分で選択できる立場にあるわけです。そして、自由な社会に生きるけっして少なくない人々が「アレな情報」をマに受け信じちゃってる状況がたち現れています。市民的自由が確保されているにもかかわらずそのような「ポスト・トゥルース」や「オルタナティブ・ファクト(笑)」が一定の力を持つ時代がほんとうに到来してしまいました。まったく醜悪かつ危機的です。
 ヴィタリー・マンスキー監督も、「朝鮮民主主義人民共和国」という「全体主義体制」を描きつつ、じつはロシア人に向けては「あんたらしっかりしろや。チェチェンやシリア、あるいはウクライナについてもっと良く考えたら」といいたかったのも知れません。

https://youtu.be/zzkoIExzfts
https://youtu.be/yAPf_77qBGc
by poemaquince | 2017-01-30 23:39 | 映画 | Comments(2)

映画「アルジェの戦い」観てきました。(番外編)

 ほんとは、新宿で、午前中にクロサワの「七人の侍」観て、午後にこの「アルジェの戦い」をみようと勝手に予定してたんだけど、なんと「七人の侍」の上映時間が200分を超えていて、午後一時の「アルジェの戦い」の上映時間に間に合わないことがわかりました。仕方なしクロサワは見送りです(とほほ)。
 というわけで、新宿「K'sシネマ」で「アルジェの戦い」観てきました。川村はアルジェリアの独立戦争のイメージとして、組織されたゲリラ部隊とフランス空挺部隊との「武力衝突・戦闘」を勝手に思い描いていました。例えば「地下水道」(1956)とか「ネレトバの戦い」(1969)とかのような「パルチザンの戦争映画」のようなイメージをもっていたのです。ところが映画「アルジェの戦い」にて描かれる「闘い」にそのようなシーンはほとんど出てきません。
 映画の冒頭から、フランス空挺部隊が登場します。空挺部隊はカスバの住民のじいさんを拷問して活動家のリーダー(主人公)の居場所を吐かせ、彼の隠れるカスバ(旧市街地)の集合住宅を襲撃するシーンから始まります。アジトを包囲する空挺隊はリザードパターンのジャケットを着てます。モノクロなので、見た目ほとんど「タイガーストライプ」(笑)です。
 住宅に踏み込まれ、隠し小部屋に立て籠る主人公たちのシーンから、時間は数年さかのぼり、FLN(民族解放戦線)の闘争のお話につながっていきます。当初は、武器の強奪などのため?警察署の襲撃や、警察官の襲撃、あるいはストライキなどの闘争を展開するのですが、フランス空挺部隊の治安投入と並行して、戦術はエスカレートしていきます。びっくりしたのがソフトターゲットへの爆弾闘争です。FLNはコロン(在アルジェリアフランス人)の集うディスコティークや、カフェなど吹き飛ばします。50年代の民族解放闘争でまさか無差別の爆弾闘争戦術を取っていたとは知りませんでした(もちろんその伏線にフランス軍がカスバの集合住宅をこっそり非合法に爆弾で吹き飛ばしてしまうエピソードがあるのですが)。
 最終的にフランス空挺部隊は軍事的にアルジェの制圧に成功します。しかしながら数年後、自然発生的なアラブ人達の街頭抗議行動が生まれ、1962年、結局アルジェリアは独立することになります。映画に描かれはしないのですが、史実としてはフランス本国の独立容認派(なんとゴリゴリの保守派ドゴールも!)と在アルジェリア(海外領土)フランス人の極右独立反対派との政治紛争、フランス軍の軍事クーデター(!)など非常に興味深い展開もあるのでした。

フランス第10空挺師団 F.マチュー中佐の着任(このスチルでは、ちゃんとリザードに見えますねえ)
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アルジェ、カスバでの弾圧
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アルジェ制圧後の60年?街頭行動 このSU-100(?)は、独立後に実際にアルジェリア政府に供与されたものなのかな? 
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 いずれも映画「アルジェの闘い」のスチル写真です。

(閑話休題)
 そういえば、少し前にパトリシオ・グスマン監督のドキュメンタリー映画「チリの闘い(三部作)」(1975/78)をユーロスペースで観たんだけど、こちらも想像していた内容とだいぶ違いました。特に第二部でクーデタにより大統領府が攻撃されるシーンがあるのだけど、なんか「孤立無援」という印象です。あれほど「アジェンデ!アジェンデ!」と叫んでいた民衆は写っていません。別の場所で戦っていたのかな?なんだか「ジーザスクライスト・スーパースター」(1973)を思い出してしまいました。群衆が熱狂的に「たたえていた」イエスを、その同じ群衆が「磔刑にせよ」とピラトに要求します。そのイエスの姿のがアジェンデ大統領に重なって見えたのでした(泣)。
 同じ時期に、同じチリの同じ時代を描いた「コロニア」(2015)も観たのですが、これまた想像していた内容とだいぶ違いました。アジェンデの失脚とピノチェットのクーデターを背景にしたサスペンス映画と思っていましたが、なんと「ピノチェット軍事政権と結託するナチ残党「カルト」」のお話でした。
 全然関係ないけど、タミルイーラム解放の虎(だっけ)の元兵士がフランスで難民として生きる「ディーパンの闘い」(2015)のオープニングも「タイガーストライプ」(笑)だったなあ。いや、この映画「ディーパンの闘い」泣けます。お勧めです(観たときはぜんぜん気にしてなかったのだけど調べたらカンヌ”パルムドール”でした!!すげー)。
by poemaquince | 2016-10-24 23:39 | 映画 | Comments(0)

映画「シン・ゴジラ」観て考えました。(番外編)

 さて、前回はドキュメンタリー映画「日本鬼子」を観てつらつら思った事を書いてみたわけですが、今回は超弩級虚構映画「シン・ゴジラ」を観て感じた事を書いてみようと思ってます。いわゆる「ネタバレ」を含むのでこれから見ようと思っている人はまだ読まないほうがいいかもしれません。

 観終わったあとの感想第一声は「いやこれ福島原発のメタファーってゆうかパロディじゃね?」ってことです。「?」が「確信」に変わったのが、ヤシオリ作戦でゴジラへ「体液凝固剤」を投入する生コンポンプ車?(何て呼ぶ建機車か名称判りませんが)見たときです(笑)。3.11の注水車とおんなじです。まあ、水路を遡上するゴジラ(幼態)とか、ゴジラの通ったあとのがれきの山とか、3.11を彷彿とさせるシーンは至る所に出てくるのだけど。そして、凝固したゴジラはまさにフクシマ原発とそのまま重なります。ネットで検索すると、やはり皆さん似たようなことを感じて書かれている方が結構おられます。
 感想第二は、トロンビンとか血液凝固剤とか言ってたけど、経口投与か!!てゆうところです(そんなんで効くの?)。役所の伝手(つて)で民間プラントを総動員して凝固薬の必要量は確保できたんだけど、どうやって投与するんだろう?とハラハラしてたのに。そしたら上記のとおり。ヤシオリ作戦雑過ぎ(笑)。がれきの中、装輪の「生コンポンプ車」はゴジラにアクセスできないって!まあ、虚構にツッコんでも仕方ないのですが、映画前半の描き方がすばらしかったので、映画後半の展開には期待しすぎていました(笑)。在来線爆弾とかヤシオリ作戦の伊福部マーチで、「パロディーテイスト」満開です。
 そして、やはり傑作なのは、「災害」発生時からの政府対応シーンでしょう。東京湾横断道路の謎の陥没事故からの展開が秀逸!役所の会議の「バタバタ感」がハンパない描写で笑えます!東京都の災対会議のシーンも再現度が高い!東京ロケーションボックスで本物つかった??
 後半で印象的なのは、立川の災対基地で、政権与党の若手政治家二人が出世とかなんかのヨイショ談義をしてて、まあ、それはそれで泥臭くていいんだけど、そのあとヤシオリ作戦に出撃する現場の隊員に訓示なんかする場面なんだけど、さっさと立場変えて「この国の未来が云々」(みたいな??まあ、そんなかんじのいわゆる感動的なことがら)なんかで檄っちゃって、「ああ、隊員達は命かかってるのに、このひとたちは安全なところで指揮命令してんだろうな」とか感じてしまうのでした(まあ実社会でそういった豹変は大事なんだけどね)。この映画は、われわれ日本人は、あの3.11をこのようにやり過ごし、そしてアレは、いまだ宙ぶらりんにあそこに「固まっている」だけなんだよ。ということを見事に示しているのでしょう。
 いやー,庵野監督、上手い!!
 映画みる前は先入観をもたないようにとネット記事とか読まないようにしていたのですが、観おわったあと、他の人はどんな感想なのだろうといろいろ検索してみました。まあ、いろんな見方があっていいとは思うんだけど、あまりにアレなご意見(テーマは安全保障だ!みたいな(笑))も散見されたりします(おやおや)。
 あと、無人ボートに残された「春と修羅」とか、最後のカットの尻尾の「人型?」とか、全く気づかず(いや冊子は気づいたんだけど文字が読めなかった)見落としていました(こういったとき視力が低いのはつくづく不便です)。もいっかい観ようかな。
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by poemaquince | 2016-09-02 00:23 | 映画 | Comments(0)

映画「RIBEN GUIZU」観て考えました。(番外編)

 昨日、今日と、映画のハシゴ三昧です。早稲田松竹で、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の台湾映画二本立て「風櫃(フンクィ)の少年」「冬冬(トントン)の夏休み」を観たあと、武蔵野プレイスでの自主上映ドキュメンタリー「日本鬼子(リーベン・クィヅ)」を観てきました。続けて今日は庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」です。
 さて、シン・ゴジラについてもいろいろ考えさせられたわけですが、なんといっても心が「ゆさぶられた」のは、「日本鬼子(リーベン・クィヅ)」です。
 昭和戦争期に於ける中国戦線での皇軍兵士の残虐な行いについては、文献などで多少は知っていたわけですが、やはり当時皇軍兵士であった当事者からの生の証言は「インパクト」が違います。証言の撮影は、2001年頃との事ですが、日本軍の軍人であった14人の証言者(現時点で14名のうち存命の方は2名となってしまっているとの由)は、淡々とあるいは人によっては「楽しそう」に当時の話を語ります。監督が撮影するにあたってお願いしたのは、「聞いた話ではなく自分が行ったこと」を話すということでした。
 最初のほうは、農民(何の関係もない)を生きたまま「初年兵」のための「刺突訓練」の標的にしてしまうとか、軍刀の試し切りなどの話でした。医師の軍医時代の「生体演習」(生きたまま手術練習の材料とした)の話もあったりしたのち、後半になるとまた、兵士の証言が続きます。さすがに旧日本軍も婦女子への性的蹂躙は公式には禁止をしていたのですが、現場をコントロールしていません。また、問題が表面化すると話がややこしくなるためかえって犠牲となった女性は殺されてしまいます。なんとも胸の悪くなるような話が続きます。せめて「証言者」が、涙ながら懺悔しながら語っていたのであればこんな気持ちにならなかったのかもしれませんが、あまりに淡々と、あるいはすこし「楽しそうに」語るのでもう、証言者に対して反感と怒りしか湧いてきません。特に最悪なのは古参「6年兵」の兵卒が「若い女性」をやったあと、切り刻んで部隊の糧食に出してしまったエピソードです。事後報告で中隊長(3年兵)に報告するのですが力関係からか黙認です。(証言者は力関係のように説明していましたが、どちらかというと、将校が面倒を恐れて黙殺したというところでしょう。)なるほどこのような証言を知れば、中国農民が日本皇軍の残虐さから「日本鬼子」「東洋鬼」と呼んで恐れおののいたということも胸に落ちます。
 さきの昭和戦争について、戦争「被害」については皆が語ってきました。しかし「戦争の加害」についてはほとんどおおやけに語られてきません。そう言った意味でこのドキュメンタリーに出演し、証言を残してくれた人々は、ある意味「勇気ある人々」と言っていいのかもしれません。
 今を生きる多くの人々にとって、彼らの体験は「特殊な事例」と感じられるかもしれません。しかし彼らにしても、たまたまその時代を生きた普通の人々だったわけです。最初は「刺突」すら恐ろしくてできなかったものが、いったん慣れてしまえばいたって普通に、そのうち残虐なことも残虐と思わずに行えるようになる。あるいは「日本人は偉く、中国人を支配して当然」といったような心性にいとも簡単に転んでしまう。その事が一層恐ろしく思われるのでした。ゲーテ(だっけ?)の格言のように、まさに「盗む機会のなかった者は、自分を正直者と思っている」といったように、そのシチュエーションに放り込まれたときにどれだけ自分を保てるかという事でしょう(もちろんそれは記述者川村自身についてもいえることなのですが)。
 かれらは、一様に証言します。「今から思えばかわいそうな事をしたと思う。だが、そのときは「生意気」と思った(ので殺した)。」「自分だけやらないと仲間はずれにされる。部隊で生きていけない。」と。こういった心理の発露は、いまのこのネット社会や報道でもしばしば見聞きする情景です(自民族を無根拠に優越視するような差別排外主義や、出る杭を許さない同調圧力の強い社会)。
 「日本鬼子(リーベン・クィヅ)」を「ひのもとおにこ」として萌えキャラにするのは良いのですが、ウィキの言うような単なる「侮蔑語」ではなく、その背景と歴史を充分理解したうえで、抑制的に(どの国にもいる「ネト右」「憤青」などを)揶揄するときに使用するのが吉でしょう。

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                  (c)ぼくちん@ROM専気味


追記:証言者は「中帰連」の人々であるという事から(証言を)批判的に捉えるむきもあるようですが、今回の映画に限らず似たような証言はそこそこあるので「中帰連」云々の批判は該当しないのではないかと考えます。
by poemaquince | 2016-08-30 22:13 | 映画 | Comments(0)