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M-51Parkaに関する2,3の事柄

カテゴリ:番外編( 45 )

もう「本邦をこれ以上貶(おとし)める」のはやめてくれ!の巻

 いやはや、JOCと、オリパラ組織委員会の当事者能力の欠如といったら・・・
 もともと、ブラックタイディングスとかいうペーパーカンパニーを迂回させた賄賂(※)で買い取ったアレオリンピックなので、開催を返上することとかが筋なんだけど、それでも「やる」ならばせめて「ヘイト」には毅然と対応すべきなんじゃなかろうか?

 「五輪、旭日旗の持ち込み禁止せず 韓国側の決議に組織委が方針」(2019/9/3共同通信) 
 そもそも、「旭日旗」は、旧帝国陸海軍の「軍旗」だったわけで、その日本帝国主義の「アジア進出」(つまり進出されたほうからみれば「侵略」)の歴史は、とりわけアジア諸国民の「記憶」に分かちがたく「結びついている」のは当然のことでしょう。
 さらに度し難いのは、わざわざその「帝国の軍旗」を排外主義・憎悪表現の「象徴」として使いまわすアレなファシストがこの21世紀に跋扈し始めているという現実でしょう。
 
 いやコレ、マジで世界に「わがニポン国は、1910~1945の歴史を全く顧みてませーん」と宣言しちゃってるようなものでしょ?東京オリ・パラ組織委員会は、サンフランシスコ講和の精神をひっくり返しちゃっていいの?

 日独旧海軍の交流レセプション?
 まあ、当時としては「適切」なプロトコルだよね。
(知らない人のために解説すると、わが、ニポン帝国はナチドイツと同盟して、国際連合軍と戦争してたんだよ。)
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 東京オリ・パラ組織委員会によれば「旭日旗は日本国内で広く使用されており、旗の掲示そのものが政治的宣伝とはならないと考えており、持ち込み禁止品とすることは想定していない」との方針だそうです。
 ふーん、そうなんだ。↓これでもねえ。(にぽんのファシスト集会に結集した人々at錦糸町、ツイッター上の写真をお借りしました)
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別の日時、別の場所の上記とは別の団体(ツイッター上の写真をお借りしました)
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 うわあ、高円寺を汚さないでくれ!
 もう、このお店には行きたくないよ。
 ラグビーワールドカップ2019のバナーとともにあるけど、これ高円寺「大将2号店」の独自デコレーション? 高円寺には全く似つかわしくない。(2019年9月高円寺)
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※注:東洋経済オンライン 安積明子記者、当時はすげーまともな記事書いてたんだね!
東京オリンピック「裏金疑惑」の深すぎる闇
腐敗根絶に日本は協力する気があるのか

by poemaquince | 2019-09-23 15:15 | 番外編 | Comments(0)

年収400万円時代のにぽん国に必要なのは消費税を減税すること 「ロスジェネ」救済が喫緊の課題

 まあ、世帯年収3千万円超とか金融資産1億円持ってるよってゆう人は関係ないから読まなくていいよ。

 現在30歳代中盤から40歳代中盤の、就職氷河期に直撃された「失われた世代(ロストジェネレーション)」の一人一人の境遇は、いま振り返って「社会の構造」を俯瞰すれば、本人の努力や才覚で何とかなるというものでは全くないことが明らかになっています。

 平成のほぼ30年間にわたって、いわゆる小泉・竹中「構造改革」に端を発する新自由主義路線は、日本社会で「派遣労働者」や「期限付き雇用職員」、あるいは、ていよく扱われ使い捨てられる「フリーランスのカタカナ職」や、ケガもリスクも自分持ちの「一人親方」「一人事業主」などの「不安定労働者」を大量に生み出しました。
 とりわけ、バブル崩壊以降の「就職氷河期」に社会に出た世代は、自らの意向や能力とは関係なしに「非正規」労働者として、不安定な雇用関係や低賃金を社会から「押し付けられた」わけです。
 そしてそれに追い打ちをかけるように自分のこの境遇は努力が足りないのだという「自己責任論」という名の「ニセの呪文」に苛まれたりしたのでした。

 アレPMは、アベノミクスで先にお金持ちが豊かになればその溢れた恩恵が下のほうまで滴り落ちてくる(トリクルダウン)と言っていましたが、結局6年のあいだ、より豊かになったのは元々資産やコネのある一握りの「上級国民」だけでした。
 現在、「少数の高所得者」と「大多数の低所得者」へ社会階層の分化がいっそう進行し、その昔「一億総中流」と呼ばれた我がにぽん国社会は、現在「格差社会」と名づけられるほど深刻な階層分化が進行しました。

 もういい加減、社会構造の路線転換、ほんとうの「レジームチェンジ(枠組みの変革)」をする必要があるのです。明日7月21日は参議院議員選挙です。ひとりひとりの一票が大きな変化を生み出すチャンスです。巨大組織に負けず、あきらめず、ひとりひとりの公民権(選挙権のことね)を積み上げていきましょう。
 せっかくの一票、「無党派層」が動けば「山が動く」ことを現出させましょう。


(新橋駅頭20190719)
年収400万円時代のにぽん国に必要なのは消費税を減税すること 「ロスジェネ」救済が喫緊の課題_a0164296_11571090.jpg

写真出典(c)長周新聞






by poemaquince | 2019-07-20 12:02 | 番外編 | Comments(0)

「ガスフラップ」についての前回記事は訂正(保留)します。

 いやあ、すみません。前回記事の「ガスフラップ」についての考察は訂正させていただきます。記事として発表するにはウラ取りの調査が甘かったです。その後、MIL-C-43199とかの一次資料が確認できたわけではないのですが、同時代のガーメントや文献などから「ガスフラップ」という呼称をあえて否定することはできないのではないかという考えに到りました。今後の戒めとして、川村がなぜ誤ったのか、一連の考察を検証してみたいと思います。

 第一次大戦以降のジュネーブ協定により、化学兵器は使用することのできない過去の兵器であると川村は思っておりました。ところが、ジュネーブ協定は保有に関しては規制をしていないことがわかりました。つまり、先制使用はできなくても、保有している化学兵器は比例原則で使用はできるようなのです。また、60年代になっても米軍はインプレグネーションコートを装備しています。実は川村はこのコートを古着屋さんで見かけたとき、その名前から(死体)防腐処理用の作業コートくらいに思っていたわけでした。ところが先日ネットでそのコートのインストラクションラベルを確認することができ、そのコートは「びらん剤防護用」であることが明らかになった次第です。
 コートのインストには次の通り書いてあります。
「ガスフラップ」についての前回記事は訂正(保留)します。_a0164296_09151330.jpg
 びらん剤防護用コート
1)治療に際して、このコートは化学兵器防護用としてデザインされている。
2)寒冷湿潤気候用衣料(雨合羽)に重ねて次のように着用のこと
 a)裾のコードを両下腿に結ぶこと
b)腰のコードを密着させること

 ということで、このコートはいちおう化学兵器の治療用に医療スタッフが着用するというような位置づけであったことがわかります。
 とするならば、60年代初頭にびらん剤の使用を想定して、びらん剤からのダメージに関して、完全に防ぐことはできなくても、ファティーグの「ガスフラップ」が「ある程度の重症化を予防する次善の策」として有効と考えられていたのかもしれません。
 また、それらの考え方は前回の大戦中のシャツ類も同様なものだったとも言えなくはありません。
 というわけで、前回の「ガスフラップ」と呼ぶの止めませんか?という問い立てに関してはいったん保留させていただければと思います。
「ガスフラップ」についての前回記事は訂正(保留)します。_a0164296_09151806.jpg
インプレグネーションコートの写真 引用参照元
びらん剤の特性、化学兵器規制の変遷など

by poemaquince | 2019-04-06 09:18 | 番外編 | Comments(0)

祝創立95周年 アエロフロートにはやられたよの巻

 これ、アエロフロートのエンブレムをよくみるとソビエト連邦時代の「鎌トンカチ」がまだ残ってる!!(まあ、鎌は農民、トンカチは工場労働者の象徴なわけなんだけど。)
祝創立95周年 アエロフロートにはやられたよの巻_a0164296_00091329.jpg
 というわけでプロレタリアート(無産者のことね)のひとりであるパーカ・オタの川村も、年末にアエロフロートを利用する機会に恵まれました。なんと言っても片道5万円で欧州までの格安航空券です。ツポレフじゃないよ、エアバスだよ。ああ、ありがたや、無産者の味方、アエロフロートありがたや、と無邪気に信じていたのでした。
 あとから振り返ってみれば、空港行きの成田エクスプレスから暗雲の予兆が垂れ込めていたのですが、そのときは気づきません。列車の車内モニタに映し出される搭乗案内は、出発ターミナルや便名の搭乗案内等が表示さえるのですが、SUの13:10発モスクワ行きのアナウンスが見当たりません。そのとき一瞬「あれ?」とは思ったのですが別に気にも留めませんでした。
 さて、搭乗時刻の2時間前には空港に着くことが推奨されているということで11時には出発フロアに着きました。そのままアエロフロートのカウンターで搭乗受付です。ところが、もらったボーディングパスの出発時間は14時40分になってます。機材整備の遅れとのことで、1時間30分の遅れです。しかし大丈夫、その時はまだ、モスクワでの乗り継ぎ時間は二時間以上あるので心配はしてませんでした。 14時には搭乗ゲートに来るようにとの指示だったので、機内で済ますはずだったおひるご飯的なものをサブウェイで軽く食べ、14時には搭乗ゲートに集合したのでした。ところが、一向に搭乗手続きが始まりません。どころか出発時間になっても、まだ地上クルーの人たちが航空機のおなかの下で、ノート端末的なものでなにやらチェックしています。「うわー、アエロフロート、うわさに聞いてたけどやっぱり遅延するんだあ。」と思ったりしてますがまだ余裕です。同じ航空会社便への乗り継ぎだからすこしくらい遅れても待っててくれると思い込んでいたのでした。川村はすでにモスクワ発バルセロナ行きの乗り継ぎ便のチェックインもしているし、ボーディングパスも手元にあるんだし。
 結局、15時過ぎて搭乗が始まり、成田空港を離陸したのは16時でした。飛行時間は約10時間、予定時刻どおりの出発ならきっとシベリア上空の窓の外は夕方の日差しがずっと続いていたのかもしれません。しかしながらほぼ3時間近く遅れての出発なので窓の光はすぐに暮れてしまい、ずっと夜です。そして約10時間のフライトでモスクワ、シェレメーチェボ国際空港に着陸したのでした。上空は零下60度くらいの寒気のなかを飛んできたわけですが、機内は寒くありませんでした。着陸後はボーディングブリッジと思ったらいきなり屋外でタラップを降ります。地上は零下10度位との案内がありましたが体が温まってたせいか、寒さはあまり感じません。連結式の低床(ディーゼル?)バスで空港Dターミナルビルに運ばれます。
 さあ、いよいよ乗り継ぎだ!とおもって人の流れに乗りながら「トランジット」の矢印を探しますが途切れて続きがありません。「??」、そのフロアには円形の案内カウンターがあり、今しがた飛行機を降りてきたお客さんでごった返しています。たまたま目の前にあったビジネスクラスの案内カウンターにいたアエロフロートのスタッフのお姉さんに乗り継ぎのボーディングパスをみせます。なにやら早口で説明してくれますがよくわかりません。そしてお姉さんは受け取った乗り継ぎのボーデイングパス・バルセロナ行きをビリビリ破り始めました。ここで初めて乗り継ぎ飛行機に置いていかれたことを悟ったのでした。そして、翌朝出発便のボーデイングパスと一人あたり2000ルーブル(約3200円)の食事バウチャーを発券してくれました。「下の階へ降りて食事を楽しんで、23時になったら下の階の受付カウンターへ寄るように」と案内してくれたのでした。2000ルーブルは為替では約3千2百円になるのですが実勢としては2000円くらいの使い勝手です。ビール飲んでつまみ一皿といったところでしょう(この時は空港価格と考え、まだ円の弱さを実感していなかった)。
 さて、到着前に機内食食べたばかりでおなかもあまり減ってなかったのでビールと軽いものつまんで23時集合のカウンター前に行ってみました。そこには約200人くらいの人が乗り継ぎできずに溜まってました。「まあ、予定外のモスクワ一泊もいい経験になるよね」と当然宿も面倒見てくれると楽観して思っていたのです。ところが!ほかの人たちはどんどん捌けて、ホテルに向かうらしいのに、カウンターのスタッフにボーデイングパスを見せたところリストと照合して「ホテルはない」と宣告されたのでした。日本から来たほかの人たちの話を総合するとどうやら朝早い出発組はこのまま空港に留め置かれて自力で朝まで過ごさなければならない様子です。やられました。さすが「航空艦隊」
 アエロフロートを甘く見ていた自らの不明を恥じるクリスマスの夜だったのでした。
 
 そういえば、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

雪のシェレメーチェボ空港の夜
祝創立95周年 アエロフロートにはやられたよの巻_a0164296_00090541.jpg
追記
ほぼ1年前に、似たような目に遭ってる方もおりました。
ご参考ください。

なお、川村の場合、体力消耗を防ごうと空港Fターミナルにあった「カプセルホテル」に何とか宿泊できました(もちろん自腹で)。Dターミナルとはつながっていて移動は建物の中を数分歩くだけでした。ビルの中は暖かく問題ありません。

by poemaquince | 2019-01-13 00:21 | 番外編 | Comments(0)

海兵隊の息子がガバナーとなった。日本の国民は沖縄の意思を真摯に受け止めるときが来たと思う件(番外編)

海兵隊の息子がガバナーとなった。日本の国民は沖縄の意思を真摯に受け止めるときが来たと思う件(番外編)_a0164296_15121275.gif
 米国海兵隊の運用をご承知の皆さんには改めて説明するまでもないこととは思いますが、ご存知ない方のために申し上げますと、沖縄に駐留する海兵隊基地は、「日本の防衛」にはあまり関係はありません。
 海兵隊は、緊急即応軍として海外展開する軍事力であり、その行動は米国の外交上の利益に資する場合だけです。もちろん、一般的には軍事力のプレゼンスが何らかの「抑止力」として機能することは事実ですが、それが海兵隊である必要はありません。海兵隊が沖縄に駐留する本質的理由は海兵隊にとってコストが「リーズナブル」であるということであり、戦略的意義で(基地が使えたら便利だけど)かならず必要という類のものではないのです。
 こういったことを書くと、ミリマニア方面の方などから「沖縄の地理的条件がー」とか「オスプレイ航続距離はー」とか反論があるかもしれませんがその指摘は全く当たりません。軍事的プレゼンスはほかの兵力で間に合っているからです。
 アジア太平洋地域には日本以外にも米国の同盟国が多数あります。もし戦略的にMEU(Marine Expeditionary Unit)展開のための地理要件がどうしても必須であるならば、海兵隊基地は他の場所、他の同盟国へ配置したほうが合理的(たとえば韓国とかフィリピン、極論すればタイランドとか台湾とか)ということになりますが、実際にはそんなところに基地はない(リエゾン機能で要員配置がある場合はあるけど)。沖縄配備が必須という地理的要件は後付けの理屈に過ぎないからです。実際には沖縄に米軍基地が集積した理由は歴史的・政治的な要因からにほかなりません。それは、1972年まで沖縄が米国の「間接」統治下にあったことが最大の理由です。1945年以降、占領軍として広大な軍用地が確保でき、また委任統治時代には基地の設置にあたっていわゆる主権国家とのネゴシエーションが不要であったことなどが大きく影響しているのでしょう。実際、本土(日本の)の「米軍基地設置」が理解されないことにより沖縄に基地が移転したこともありました(これまた元ベストセラーアレ作家がデマ流しているそうですが(※1))。また、復帰後は「経済大国」となった日本からさまざまな「思いやり」のお金が沖縄の米軍基地に流されてきました。海兵隊としてもかなりの部分「自前」で調達しなければならない他の国で基地を運用するより、とても「リーズナブル」で「カンファタブル」であったわけです。

 さて、そういった前提で今回の選挙結果を考えれば、普天間ー辺野古の海兵隊基地問題に関して日本政府が「ゼロ回答」を推し進めようとするのは「成熟した民主主義国家」の政府の態度としては全くふさわしくありません。そもそも海兵隊第三機動展開部隊の主力はすで2020年ころまでに沖縄からグアムへ移転予定であり、それに関して日本政府は6千億円の「思いやり経費」もほとんど約2割が支出済です。
 多くの専門家が指摘する(※2)とおり、軍事的合理性の観点から抑止力としての在沖空軍・海軍基地は当面は継続がやむを得ないとしても、沖縄の負担軽減のひとつの落としどころとして海兵隊基地は廃止移転ということが道義的・歴史的には妥当なのではないでしょうか。
 ヤマトに住むわれわれは、すでに充分すぎる苦難を味わってきた琉球のアイデンティティーに無関心のあまり配慮を欠いてきました(それはどこか原子力発電所を地方の過疎地に押し付けてきた構造とも通底する気もします)。しかし、国際環境と社会構造の激変するなかで、そうした態度で今までのように事態を先延ばしにすることができない時代になっているのではないかと、本当に強く感じている今日このごろであるのです。何処からか「ボーッと生きてんじゃねーよ!」というお叱りの声が聞こえてくるのです。
本文注
(※1)
(※2)
一例として、門谷数重氏「隅田金属日誌」


1965年宜野座村(c)嬉野京子氏撮影 写真の状況は下記参照
海兵隊の息子がガバナーとなった。日本の国民は沖縄の意思を真摯に受け止めるときが来たと思う件(番外編)_a0164296_15120702.jpg
( 池田香代子氏ブログより引用)
 4月20日、宜野座村に入りました。小学校で休憩に入ったとたん、「子どもがひき殺された!」。なんと行進団の目の前で、小さな女の子が米軍のトラックにひき殺されたのです。手に通園用のバッグを持ったまま。死んだ女の子の側に突っ立っているだけのアメリカ兵。しかし驚いたのは、駆けつけた日本の警察でした。米兵を逮捕するでもなく、軍用車がスムーズに走れるように交通整理をはじめたのです。
 これを目の前にして何もしないわけにはいきません。「撮らせてほしい」と懇願しました。「生きて帰れないよ」と言われましたが、引きさがれませんでした。「わかった、見つからないようにぼくの肩越しに撮ってくれ」、一人の男性が肩を貸してくれ、たった一度押したシャッターがこの写真です。


参考:いわゆる「ガイドライン」(防衛省HP)
NTUY情報だけでなく一次資料(笑)もちゃんと読んでみよう。
ただし、その行間も読んでね。
日米防衛協力のための指針(2015年4月)


事実関係誤認のため一部修正(2018oct08


by poemaquince | 2018-10-08 15:18 | 番外編 | Comments(0)

ほんとは猫空(まおこん)へ行くはずが、「明器」を観る。

 台北に行ってきました。(その3)
 ほんとは台北郊外の猫空(まおこん)へ行くはずだったのですが、ちょうど台風が接近していて、天気はまあまあの割に風だけが強くて、猫空(まおこん)站のロープウェイも停止しているようなのです。 スマホで貓空纜車HPの運行情報を見ても、営運サインは赤が点灯しています。「今日は一日、動きそうにないね」と、いうことで、急遽予定を変更して、近場にあった「国立歴史博物館」へ行ってみることにしました。
 ホテルから徒歩5分くらいのところです。(MRTだと「小南門」站から真っすぐ南下する方面の)台北植物園の裏門?から入りました。
 蓮の池を通り過ぎ博物館の裏手から正面へ廻ります。建物は写真で見るのと違っておもったよりこじんまりした感じです。常設展示のほかは、企画展など3つほどやってました。ひとつは地元画家の個展、もうひとつは台湾先住民族の「文物」展、三つめは台湾のなかの他のアジア(主にアセアン)諸国との共通する(あるいは異なる)文化の比較(例えば影絵(ワヤン)や檳榔(びんろう)売りなど)をテーマとした展示でした。推測になりますが、こういった中華文明以外の先住民族や広くアジア諸国との共通する文化をテーマにしているのは、「中華民国としての台湾」ではなく、「我々の台湾」という政治意識の反映なのではないかなどと考えたりします。多分、そこが「国軍歴史文物館」のメンテナンス閉館ともつながっているような気がします(いや、推測ですけど)。
 ということで、常設展示です。
 中華文明の至宝ということであれば「国立故宮博物院」のほうがメジャーだと思う(行ったこと無いけど)のですが、こちらの博物館もこじんまりはしてますが国宝5点を含む、古代春秋の青銅器から明・清の磁器までひととおりのものがそろってます。旅のスケジュールとしては、そのこじんまり感が、かえってちょうどいいかもしれません。そのなかで特に興味深かったのが、漢の陶・俑や、唐の三彩でした。特に紀元前・後200年を通じての漢代の陶・俑(「明器」と呼ばれるお墓の副葬品)は、その時代、すでに「文化的都市生活」が(たとえ特権的階級だったとしても)成立していたのだなあと、感慨深いものがありました。また、薄暗い館内でぼんやりうかびあがるそれら明器を見ていると、なんだか諸星大二郎先生の「夜市」(すみません諸怪志異「鬼市」でした)を思い出したりするのでした(いや、時代は違いますが)。
 
 灰陶撫琴屋
 これ、2千年近く前のものですよ!
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北魏の時代のもの
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リンク先は「光文社版コミック」(アマゾンが違ってる)です。「鬼市」は第三集に所収ですが、どの巻もとても面白いので、未読の方は全巻ご覧になるのが宜しいかと思います。

この項つづく
by poemaquince | 2017-09-03 23:08 | 番外編 | Comments(0)

台北市「路易士軍品店」(Louis Military Shop)を発見!

 台北に行ってきました。(その2)
 今回の台湾旅行は、「国軍歴史文物館」の場所を除いては、軍もの関係の情報は全くのノーチェックな訳でした。なので、軍もの関係のお店も当然ノーチェック状態です。
 台北市到着の夜、まずは台湾の有名なお寺「龍山寺」を観に行くため、ホテルから廣州街(広州通り)に沿っててくてく歩きます。ホテルから出てすこし歩くと、アレレ?おなじみ「第一騎兵師団」のエンブレムの看板らしきものが見えてきました。あれはもしやミリタリーショップ?
 目が悪いので、近づくまでわからなかったのですが、たしかにあれは「黄色いお馬」のマークです。店頭には吊るしで軍ものも置いてあるようです。しかしながら同行者がいるため、勝手に離脱してお店に入る訳にはいきません。きっとホテルから近いから、また機会をつくって来ようと、ひとり心に決めました。
 さて、そこから数分も歩くと「龍山寺」です。仏教と道教の神々が祀ってある趣深い(キッチュな感もあるけど)お寺です。今回はお参りとおみくじは省略して、寺内回廊をぐるりと見学です。その後、周辺の夜市で串焼き系など買い食いします。夕食は華西街のアーケードで坦仔麺でも食べようと主張したのですが、家人の強い反対で華西街夜市は却下されました。結局、次善として目を付けていた素食レストランも閉まってしまい、結局、ホテル前のカリフール(元フランス資本系スーパーマーケットね)で、肉まんなど買ってホテルで食べたのでした。
 翌々日の夕方、広州街の「路易士軍品店」を速度戦(笑)で訪問いたしました。家人からは例のごとく絶対買わないように堅く釘を打たれたのでした。とほほ

 お店の全景
 親切で優しそうなおじさんが店主さんです。
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 目立つところにM-51Parka(large)!
 店主のおじさんは、ライナー(もこもこタイプ)とセットで5,000NT$(台湾元)とおっしゃっておりました。
 日本円だと、18,000〜19,000くらいかなー めっきり円が弱くなっちゃったからね。
 
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 ジャングルブーツや
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 ファティーグとか
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 ちょうどホテルの部屋からも見えました!近っ!
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路易士軍品店 台北市萬華區廣州街63號
ブログはやってなくてフェイスブックが中心だそうです。
でも、ブログ(旧)のアドレスを貼っておきます。
http://louisho2674.blogspot.jp/
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この項つづく
by poemaquince | 2017-08-27 01:44 | 番外編 | Comments(0)

台北市「国軍歴史文物館」を訪問してみたけれど

 台北に行ってきました。
 出発前、ブッキングコムでたまたま予約したホテル周辺をグーグルマップで調べていたら、「国軍歴史文物館」という施設が近くにあることがわかりました。名前からいって、いわゆる「軍事博物館」なのでしょう。旅行は家人とかも一緒なので、訪問を相談しても即時却下なのは明白です。なので公然とは旅程には組み込めません。しかしながら、空き時間に一人で訪問できそうな距離です。隙間時間にでも単独で訪問してみようと心に決めました。
 そして、そのチャンスは旅行2日目の午前中にやってきました。
 朝9時すぎ、ホテルの部屋でまだ、みんなベッドでまたーりとしています。
 一人そそくさと着替え「ちょっと、近所の軍事博物館を見てくる。1時間くらいで戻るから」
 そう言いのこして、太陽がじりじり照りつける灼熱の通りへひとり繰り出します。
 ホテルを出てすぐ大きな交差点の「愛國西路」を横断し、「中華路」を北上します。幅広い歩道には槐樹(えんじゅ)の街路樹も植わっています。この辺は政府施設も集中している官庁街ということなのでしょう。
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 ものの3分も歩くと見えてきました。小ぶりではあるけれど近代的な建物です。入り口には、孫中山(孫文)の黄埔軍官学校訓詞の揮毫・石刻がはめ込まれています。
 三民主義,吾黨所宗;

 以建民國,以進大同。

 咨爾多士,為民前鋒;

 夙夜匪懈,主義是從。
 
矢勤矢勇,必信必忠;

 一心一德,貫徹始終。
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 三民主義(民族,民権,民生)は、わが党の基軸
 以て共和国を建設し、以て大同に進む
 全ての同志諸君 人民のための前衛たれ
 朝も夕も絶え間なく 三民主義に従う
 勤勉に勇敢に 信頼と忠誠を重んじ
 団結して 終始貫徹せよ
 (勝手に意訳)
※帰国して調べたらこの訓示は、中華民国国歌の歌詞でもあることが分かりました。

 ところが、勇んで国軍歴史文物館に入館しようとしたところ、入れません。
「アレ?」平日は9時からのはずです。
どひゃー!ドアにはこのような貼り紙が!!!
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>お知らせ
>定期メンテナンスのため博物館は閉まっています。
>開館予定は別途お知らせする予定です。
>ご不便をおかけします。ご了承ください。

ってゆーか、定期メンテナンスと言ってる割に、開館時期未定とか、おかしい。コレきっと展示内容がアレすぎて新政権から見直し指示が出されたんじゃないかな?それで閉鎖しているとか(勝手な推測だけど)
とほほ 「国軍歴史文物館」を楽しみにしていたのでがっかりです。
仕方がないので、総統府(旧台湾総督府)の前(裏)を通って帰りました。
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1910年代にこんなものを海外領土につくっている日帝(日本帝国主義ね)のパワーに驚きです。
当時の現地の人々の目には、それはそれは威圧的に(あるいは圧倒的モダンさとか先進的にとか?)映ったのかなあなどとうつらうつら考えたりしました。
ほんとは正面からも観たかったのだけれど、いやもう暑くて、好奇心が暑さに負けてしまいました。

この項つづく
by poemaquince | 2017-08-26 00:05 | 番外編 | Comments(0)

トランプは案外「スマートクッキー」かも知れない(プリティじゃないけど)。

 最初に「おやっ?」と感じたのは、アサド政権が化学兵器を使用したことに端を発した巡航ミサイルによるシリア政府軍空軍施設への爆撃でした。「軍事的に何の意味も無い」という批判もありましたが政治的メッセージとしては非常にインパクトのある軍事行動でした。なにより民間人に対する「化学兵器使用」のレッドラインが「今度こそ」設定され今日にいたっています。(トランプは政権の軍事担当者の進言に耳を傾けているということでしょうか?ブッシュ(Jr)もパウエルのいう事を良く聞いていればあんな事(イラク戦争とそれに続く大混乱)にならなかったのではないかな)

 今回の「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)危機」に関しても、かなり周到に中国と「ナシを通してから」ゲームを開始しています。北に対する直接的な軍事的恫喝に加え、中国を通じてのプレッシャーを加え続け、かつ先日は「適切な条件が整えば金正恩と会ってもいい」という発信をしています。
 わたくし川村は、4月にゲームが始まった段階では、軍事的圧力をレイズしていく「チキンゲーム」は、「北の非核化」を求めるにはちょっとリスキーな選択ではないかなあとも感じていたわけですが、一方で軍事的プレッシャーで「人民軍のクーデタ」や「金正恩の亡命」が誘発され北の民衆が「解放」されたらいいなあ、などとナイーブな夢想をしていたわけでした。しかしながらゲームのゴールは「北のレジームチェンジはしない」ことが前提だったわけで、であるならば、トランプの「(金正恩は)pretty smart cookie」(けっこう賢い奴)という発言も、シグナルとして一貫性があると言えそうです。
 こんな事を書くと「ナイーブ」と笑われてしまうかもしれませんが、トランプ大統領の「ビッグ・ディール」によって、北に対する「体制の保障」と「朝鮮半島の非核化」がバーターで成立するのならそれはそれで「トランプ、スゲー」と思うのです。(いや、個人的には「北の人民の抑圧体制からの解放」が断固必要とは思いますが、中国の手前、ディールの材料にはならないでしょう。ぐっすん(泣))

 で、我が国(くに)防衛当局のスタンスですが、日米同盟の御旗のもと米艦に形だけ「お付き合い」してお茶を濁して、実はシンガポールの観艦式に向かう護衛艦という、これはこれでなかなか味わい深い行動ではありました。危機感をもっと煽りたいアレ首相に抗して、防衛当局も(アレ首相のカオも立てつつ)抑制的に上手くやったという気がします。
 ですが、私としては「全ての当事国が抑制的に振るまう事を希望する。我が国はあらゆる軍事力の行使に反対する。」といったような声明で、それぞれのプレイヤーから距離を置いて振る舞っておくのが本当の日本らしさと思うのでした。そして当事者同士が煮詰まった段階で日本が調停にハードネゴシエートして、落としどころを導く。アレ政権の歴史認識もアレすぎて今の時代にそんな外交は夢物語なのですが、いつかそういった「道義国家」として立国していけたらなあと夢想するのでした(ふり返ってみると70年代の日本の中東外交にはその「萌芽」はあったよね)。えっ?なに眠たいコト言ってるのかって?すみません。

追記:「トランプ プリティスマートクッキー」で検索すると、トランプ大統領が金正恩委員長(だっけ?)に対して、「皮肉」とか「茶化した言い方」とか解説するブログが結構あるんだけどぜんぜんマトハズレな説明だよね。もともとトランプはそういったボキャブラリーのしゃべり方をするという事は結構有名な話だし、発言の前後の文脈からも「茶化した言い方」とはいえないのは明らかなのに!
ほんと「訳知り顔でのぬるい情報発信」は止めてもらいたいっすよ。えっ?ヒトの事いえない?すみません。すみません。(2017/5/9)
 

シリア シャイラート空軍基地
爆撃後 2017年4月
トランプは案外「スマートクッキー」かも知れない(プリティじゃないけど)。_a0164296_20414471.jpg


爆撃前 2016年10月
トランプは案外「スマートクッキー」かも知れない(プリティじゃないけど)。_a0164296_20414141.jpg


「ついでに武器等(笑)防護命令」の画を描いた防衛官僚(?)えらいっ!
シンガポール国際観艦式に向かう護衛艦
トランプは案外「スマートクッキー」かも知れない(プリティじゃないけど)。_a0164296_20413411.jpg

出典:http://flyteam.jp/news/article/78643
by poemaquince | 2017-05-07 21:00 | 番外編 | Comments(0)

RAFの航空整備服??と思ったらJNR被服だった!

古着屋さんの店頭で、見慣れないジャケットを見かけました。
珍しいので手にとって観察します。
ブルーグレーの短ジャケットで、左胸に片ポケットでフラップは斜めです。腰にスラッシュポケット、ウエストタブつき、おまけに楕円のウォッチポケットまで!!なんじゃこれ?ウオッチポケットまで付いてるなんて航空機関係?この色なら英軍?ちょっとブルーが強い?イタリアあたりかな?などとユーロサープラス系を思い浮かべてました。
ところが、襟裏のステッチや袖の形状、プラボタンもラウンドバックで60年代のタイガーストライプみたいなディテールです。ボタンの裏には謎の刻印も!

謎ジャケット全景
RAFの航空整備服??と思ったらJNR被服だった!_a0164296_0305620.jpg


背面全景、ウエストにはアジャストタブが!
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胸の斜めフラップポケット
腰のスラッシュポケットは、ボタン留め
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右ポケットにはウォッチポケットまで!
RAFの航空整備服??と思ったらJNR被服だった!_a0164296_030117.jpg


ハンガーループつき、襟の裏には補強ステッチ
RAFの航空整備服??と思ったらJNR被服だった!_a0164296_0294278.jpg


ラウンドバックのプラボタンには「T.E.C」の刻印!
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ジャケットを開くと、コントラクトラベルが!!
謎が解けました(笑)。
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1966会計年度の日本国有鉄道の技術服(?)らしいです。
でも、短ジャケット型は、ネットで検索してもでてきません。
このタイプ、たまかずがすくないのかな?
RAFの航空整備服??と思ったらJNR被服だった!_a0164296_0283910.jpg

by poemaquince | 2017-03-20 00:38 | 番外編 | Comments(0)