わたしは、宗教原理主義が嫌いだ。イスラム原理主義も、キリスト教原理主義も、シオニズムも、神社本庁も、すべて嫌いだ。それらの掲げる教義は「自由」「寛容」「平和共存」から一番遠い価値観だからだ。自らの信じる神のみが絶対で、それ以外のものは悪魔の手先かアカの手先、敵の陰謀と決めつける、まるでネトウヨみたいにキモい二元論だからだ(もちろん宗教すべてを否定しているのではなく、宗教原理主義について拒絶している)。
にも拘わらず、今回のハマースのイスラエル打撃については、方法は誤っていても一方的に非難はできないと感じている。ここに至る、イスラエル側のあまりに尊大な振る舞いに原因があるからだ。
1948年のナクバまでさかのぼらなくとも、あるいは1967年の西岸地区等のパレスチナ占領までさかのぼらなくとも、オスロ合意後の21世紀になってさえも、イスラエルは数々の国連決議に反してパレスチナ自治区に対して違法な入植を繰り返し重ねてきている。エルサレムの寺院に対する挑発行動も最近は繰り返している。
これら、一連の数十年にわたるイスラエル国家のパレスチナ人への人権の侵害、攻撃、弾圧をみれば、イスラエルに対する武力反撃を政治標榜して一部民衆からの一定の支持を得たハマースが今回の攻勢に出たとしても、「暴力は良くない」と一方的に非難する気にはなれない。その原因を作り出したのはイスラエルの原理主義者、強硬派政治家であるからだ。
にも拘わらず、テロ国家イスラエルの目線で、一方的にハマースの反撃をテロリスト呼ばわりするにぽんのNTUYとか、一部の「市民」って、何も見えていないのだなとホントに感じる(いやNTUYがアレなのは仕方ないが)。
もちろん、パレスチナ市民もそれぞれで、みんながみんなハマースを支持しているわけではないし、特にイスラエルからの攻撃に巻き込まれるガザ地区の人々はたまったものではない。
まずは即時停戦、そして今回のハマースの反撃が「暴力はもうこりごりだ」というイスラエル世論とパレスチナ世論の双方を動かし、公正な「世俗の統治」を実現するためのきっかけ、ほんとうの第一歩になるように祈らずにはいられない。
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