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M-51Parkaに関する2,3の事柄

1945年、ファシズムとナチズムは敗北した あるいは日本帝国主義の災禍を過小評価してはならない

 戦後(1945~)におけるお花畑な被害者史観の平和教育が、アレ元みたいな2ムチ(無知と無恥*1)を生み出し、かつ小林よしのりのマンガデマゴギーにより日帝イデオロギーが美化されてきた本邦の30年
 ネットインフラの大衆化により、以前はトイレのドアの落書きにちょこっと書かれていたレベルのタワゴトが、奔流となってネット空間を汚染している。それに乗っかる政治家や幇間やラノベ作家がリテラシーの低いNTUYを相手にアレ商売で権勢でを極めてきた。
 そして、このたびの「歴史改竄クレーム」事件である。

 先の世界戦争は、ドイツ、イタリア、日本という後発の帝国主義国家が枢軸同盟を組み、先行する西欧および米国の植民地権益に対抗したというのは歴史理解のアウトラインである。枢軸同盟はそこに全体主義という国家イデオロギーを実装し、権力基盤の強化と社会システムの統合に利用した。そしてナチズムを標榜するドイツ、ファシスト党のイタリアとならび、本邦も天皇の神格化と超国家主義イデオロギーによって軍事動員と戦時体制強化の条件を整えたというのが歴史の理解だ(高校世界史でも習うよね)。
 それら枢軸三国は連合国軍によって軍事的に打倒されるが、同時に世界戦争を通じて、フューラー、ドゥチェとともにエンペラーヒロヒトも全体主義のアイコンとして理解されることになる。
 もちろん、ヒロヒトに自分はファシストであるというような自己認識はなかったと思われ、むしろ自身は「立憲君主」のつもりでいたのかもしれない。しかしながら帝国憲法に規定された天皇の機能は、帝国の「主権者」であり、侵すべからずの「神」であった。そうした中、天皇を何とか立憲的憲法機能に位置づけようとした美濃部達吉などのリベラル派は、超国家主義者・軍国主義ファシストに糾弾され社会的に抹殺されていくことになり(天皇機関説事件1935)、にぽんの軍事帝国路線が完結された。
 これが1910~45年のにぽん帝国の姿である。あれ?「おそれ多くも今上陛下を機関呼ばわりとはけしからん」って、アレに似てるなあ。ほら、「自衛隊は国家の暴力装置」って答弁した仙谷由人を「暴力装置とはけしからん、自衛隊に謝れ」って非難したNTUYさんたち。NTUYみたいなアレがのさばると国を亡ぼすっていうのは先の大戦の大事な教訓だよ。マックス・ウェーバーを知らないのは仕方ないにしても普通は文句言う前に調べて自らの不明を恥じるよね(まあ、それができないからNTUYなんだけどね)。閑話休題
 さて、そのような悪の枢軸の3アイコン(フューラー・ドゥチェ・エンペラー)の国際的共通認識のなかで、サンフランシスコ講和条約において「日本は軍国主義と決別し戦後国際秩序のなかで連合諸国と協調していく」ことを約束し国際社会の一員として日本国は独立復帰したはずなんだけど、今さら「エンペラーヒロヒトをフューラーやドゥチェと並べるとはけしからん!」って騒ぎ立てて国際的な恥をさらしてる本邦NTUYさまとか髭の隊長(国会議員のほう)とかマジやばいっすよ。おまけに先代のアキヒト天皇(現上皇)を「天皇は反日」呼ばわりとか秋篠宮一族をバッシングしているのもおんなじ層の輩(やから)なんだよね。やれやれ。ほんと本邦の品格に泥を塗る「貶日」野郎*2はどっちなんだよ。


1945年、ファシズムとナチズムは敗北した。
1945年、ファシズムとナチズムは敗北した あるいは日本帝国主義の災禍を過小評価してはならない_a0164296_22252402.png

*2「貶日」(へんにちと読んで)

by poemaquince | 2022-04-27 22:28 | UKRAINE | Comments(0)