M-51Parkaに関する2,3の事柄

てゆうかサンダースとならなかった宇都宮健児氏には二重にがっかり

 首都自治政府の領袖(百合子さんのことね)が、特別秘書にコワモテのファシストを任命し、一部のウォッチャーが騒然としたりしています。また、国に目を転ずれば、「有名なファシストおばさん」が防衛大臣に就任し、アレ首相の「国益よりは自分の人気」(中、韓にことさら敵対的に振るまい敵愾心を煽る手法)路線がより一層鮮明になっていたりします。日本社会の「自由」や「人権」がまたひとつ安くなってしまいそうです(ためいき)。
 「自らと異なる文化集団」(国籍、宗教、民族、言語etc)に対して敵意を煽る政治指導者は、ろくなものではありません(もちろん中国や韓国に於いてもそうですし、それをマに受けて喜ぶ主権者もいかがなものかとは思います)。そしてそれは歴史の教訓として、何度でも繰り返されています。ナチ党の事例はもとより、90年代のユーゴ内戦やいまに続く現代中東での不安定化と内戦、あるいは我が国での昭和期戦争の大失敗など枚挙にいとまがありません。
 現在の日本社会において、ふたたび「商売になるから」とか「相手も言っているから」とか「対抗しないとなめられるから」とかいう理由でそういった「敵意をあおる」ヘイト的言説が社会的に容認されつつあります。無定見に繰り返されるその手の言説は、生活にいくらかの不安をかかえる多くの人々のこころを蝕みやすくします。そしてそれは、不測の事態(大規模テロや巨大事故、不測の軍事的衝突など)の発生を契機としてあっという間にアウトブレイクしてしまいます。さいわいにも日本ではいまだ露骨な「ヘイトクライム」が多発するといった状況には陥ってはいません。なんとか持ちこたえている日本社会を誇りに思います(甘いでしょうか?)。このようないままでの(充分とはいえないまでも比較的ましな)「個人が尊重される自由で平和な社会」を将来世代に引き次ぐ責務を日本国憲法は要請しています。
 (少し長いけどとても重要なので憲法条文を引用すると)「第10章 最高法規 第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ(たえ)、現在および将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
 そして現在の政権党の「改正案」では、なんとこの「第97条」がまるまる削除されています。
 「国民の権利」を憎む、その手の発想の政治集団の牛耳る政府のもとに我々は暮らしているという事実は何度でも想起されなければなりません。

 ところで、このような「歴史の分岐点」となる重要な局面において、「戦略的に振る舞う」ことができなかった「政治」家が、上から目線でハフィントンポスト日本版のインタビューに答えています。http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/04/utsunomiya-kenji-interview_n_11335252.html
 さきの選挙で鳥越候補に票を一本化するため、立候補をお譲りになった宇都宮さんです。曰く「日本の市民運動はもっと成熟すべき」と。まあ、そっくりご本人にお返ししたいお言葉です。
 インタビューを読むと日共からの支援が当てにできなくなって候補をやむを得ず降りた(降ろされた)ようです。宇都宮さんに対しては、「大局を判断し、自らの事情は措いて大同に就く志(こころざし)の方」であると勘違いしてました。ふたを開けてみれば周知の通り文春砲バッシングに乗じてここぞとばかり鳥越候補を突き放して、溜飲を下げていたようです。不覚にも川村は二週間ちょっと前のブログ(7月14日付)にて宇都宮氏に敬意を表してしまいました。宇都宮健児への敬意についてはこのさい「きっぱり」と撤回いたします(笑)。
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by poemaquince | 2016-08-05 23:35 | 安倍辞めろ! | Comments(0)