M-51Parkaに関する2,3の事柄

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トランプは案外「スマートクッキー」かも知れない(プリティじゃないけど)。

 最初に「おやっ?」と感じたのは、アサド政権が化学兵器を使用したことに端を発した巡航ミサイルによるシリア政府軍空軍施設への爆撃でした。「軍事的に何の意味も無い」という批判もありましたが政治的メッセージとしては非常にインパクトのある軍事行動でした。なにより民間人に対する「化学兵器使用」のレッドラインが「今度こそ」設定され今日にいたっています。(トランプは政権の軍事担当者の進言に耳を傾けているということでしょうか?ブッシュ(Jr)もパウエルのいう事を良く聞いていればあんな事(イラク戦争とそれに続く大混乱)にならなかったのではないかな)

 今回の「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)危機」に関しても、かなり周到に中国と「ナシを通してから」ゲームを開始しています。北に対する直接的な軍事的恫喝に加え、中国を通じてのプレッシャーを加え続け、かつ先日は「適切な条件が整えば金正恩と会ってもいい」という発信をしています。
 わたくし川村は、4月にゲームが始まった段階では、軍事的圧力をレイズしていく「チキンゲーム」は、「北の非核化」を求めるにはちょっとリスキーな選択ではないかなあとも感じていたわけですが、一方で軍事的プレッシャーで「人民軍のクーデタ」や「金正恩の亡命」が誘発され北の民衆が「解放」されたらいいなあ、などとナイーブな夢想をしていたわけでした。しかしながらゲームのゴールは「北のレジームチェンジはしない」ことが前提だったわけで、であるならば、トランプの「(金正恩は)pretty smart cookie」(けっこう賢い奴)という発言も、シグナルとして一貫性があると言えそうです。
 こんな事を書くと「ナイーブ」と笑われてしまうかもしれませんが、トランプ大統領の「ビッグ・ディール」によって、北に対する「体制の保障」と「朝鮮半島の非核化」がバーターで成立するのならそれはそれで「トランプ、スゲー」と思うのです。(いや、個人的には「北の人民の抑圧体制からの解放」が断固必要とは思いますが、中国の手前、ディールの材料にはならないでしょう。ぐっすん(泣))

 で、我が国(くに)防衛当局のスタンスですが、日米同盟の御旗のもと米艦に形だけ「お付き合い」してお茶を濁して、実はシンガポールの観艦式に向かう護衛艦という、これはこれでなかなか味わい深い行動ではありました。危機感をもっと煽りたいアレ首相に抗して、防衛当局も(アレ首相のカオも立てつつ)抑制的に上手くやったという気がします。
 ですが、私としては「全ての当事国が抑制的に振るまう事を希望する。我が国はあらゆる軍事力の行使に反対する。」といったような声明で、それぞれのプレイヤーから距離を置いて振る舞っておくのが本当の日本らしさと思うのでした。そして当事者同士が煮詰まった段階で日本が調停にハードネゴシエートして、落としどころを導く。アレ政権の歴史認識もアレすぎて今の時代にそんな外交は夢物語なのですが、いつかそういった「道義国家」として立国していけたらなあと夢想するのでした(ふり返ってみると70年代の日本の中東外交にはその「萌芽」はあったよね)。えっ?なに眠たいコト言ってるのかって?すみません。

追記:「トランプ プリティスマートクッキー」で検索すると、トランプ大統領が金正恩委員長(だっけ?)に対して、「皮肉」とか「茶化した言い方」とか解説するブログが結構あるんだけどぜんぜんマトハズレな説明だよね。もともとトランプはそういったボキャブラリーのしゃべり方をするという事は結構有名な話だし、発言の前後の文脈からも「茶化した言い方」とはいえないのは明らかなのに!
ほんと「訳知り顔でのぬるい情報発信」は止めてもらいたいっすよ。えっ?ヒトの事いえない?すみません。すみません。(2017/5/9)
 

シリア シャイラート空軍基地
爆撃後 2017年4月
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爆撃前 2016年10月
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「ついでに武器等(笑)防護命令」の画を描いた防衛官僚(?)えらいっ!
シンガポール国際観艦式に向かう護衛艦
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出典:http://flyteam.jp/news/article/78643
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by poemaquince | 2017-05-07 21:00 | 番外編 | Comments(0)

M-50フィールドジャケットについての二、三の事柄(その4)

(前回までのあらすじ(笑))
 「M-50」とスタンプ表記されるM-43MODモデルは、「M-43MQ-1」や「M-1950」と表記されるジャケットのライナーボタンとは位置と数が異なるのでした。

 今回「その4」では、その話の前提となる「在庫のM-43の改造」に関する件を検証しておきたいと考えました。
 成果品であるアイテムを再度改修して利用するといったような例は、たとえばB-15系フライトジャケットの改造など、襟に付いていたフワフワのボアをニットの襟に交換したりと、結構ポピュラーなお話だったりしています。(B-15D(MOD.)とか)
 今回は確認のため、ジャケットのフロントボタンとジャケット内側のライナー留め用ボタンの縫い糸についてそれぞれ観察したいと思います。(写真の色味がちょっと見づらいとは思いますがご容赦願います)

「M-43MQ-1」
フロントボタンと、ライナー留め用ボタンの縫い糸はほぼ一緒 
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「M-1950」
MQ-1と同じく縫い糸は一緒と言える。
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「M-50」
前二者と異なり、フロントボタンと、ライナー留め用ボタンの縫い糸は異なっている。このことからも、成果品のM-43ジャケットに事後的にボタンを増設したことが強く推察される。
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 っていうか、現在、現実に朝鮮半島での緊張が高まり、ついに我が国自衛隊にも集団的自衛権に係る「武器等防護命令」が出されたりしています。そんななか、70年近く前の防寒服のボタンの数を数えてる場合ではないような気もしますが(笑)。
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by poemaquince | 2017-04-30 14:00 | フィールドジャケット | Comments(0)

M-50フィールドジャケットについての二、三の事柄(その3)

(前回までの経過)
 春なのに、たまたまM-43/MQ-1にライナーを取付けようとして「M-50」と「M-43MQ-1」のライナーボタンの違いに気がつき、M-50、M-1950、M-43MQ-1の三者のライナーボタンを比較してみたわけでした。
 すると、M-1950とM-43MQ-1の仕様はほぼ一緒でしたが、M-50だけはボタン位置と数が異なるのでした。
 また、いわゆるM-50ライナーに付く「ひも」の謎はジャケットの背首にボタンの付かないM-1950、M-43MQ-1ジャケットのためハンガーループに結びつけるための仕様という事も明らかになりました。
それぞれM-50ライナーをつけた状態
上段:M-43MQ-1
下段:M-50
背首のボタン有無に留意
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しかしながらM-50ライナーボタンについては、また新たな謎が浮上したのでした。
 M-50ライナーを取付けても、ボタンが余るのです。
 写真を見てみましょう。

M-50ライナーをつけた状態
向かって左上部のボタンが余っている事に留意
このボタンの用途は何??
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同部分のクローズアップ
ライナー側のボタンホールは、ジャケットの開襟に合わせて内側に折り畳むためのもの。(この個体ではそのためのボタンは失われている。ボタン糸の跡の小さい孔(あな)がわかりますでしょうか?)
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袖のライナーボタンの状況
M-50ライナーには、袖のライナーボタンタブはひとつしか無いが、ジャケット側にはボタンが二つ付いている事に留意
M-50ライナーだとひとつボタンが余ってしまう!
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M-50のひととおりの撮影ののち、近所のスーパーへお使いへ行った帰り道、「余ったボタン」の理由について自転車を漕ぎながらつらつら考えます(あぶない(笑))。
「袖も二つボタンということはもしかして?!」と思いつき、さっそく試してみたのでした!

すると推測が当たりました!!
M-50ジャケットは、M-51ライナーと互換したのでした!
M-50ジャケットにM-51ライナーをつけたところ
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同、余ったボタンは肩前方のボタンホールを留めている。
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同、袖口の状況
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 いままで川村は、いわゆるM-50(M-43からの改造品)はM-1950などと並行して「モディファイ」されていたものと漠然と思っていたわけですが、少なくともM-51と互換するということは生産(改造)は1951年以降ということが強く示唆されます。
 40年代後半に登場した防寒機能を向上させたM-43MQ-1やM-1950は、順次新型のM-51ジャケットへ更新される予定だったところ、朝鮮戦争の勃発と戦線の拡大に、新型の防寒ジャケットM-51の供給が間に合わず、デッドストックであったM-43を大量にモディファイして供給したのではないかなどと推測したりしています。
 なお、ボタンの数が「少ないタイプ」と「多いタイプ」について、M-50ライナーはそれぞれに対応しています。したがって現時点で、ボタンの数をもって初期タイプ、後期タイプと分類できるかはもう少し検討が必要と考えます。

(追記:4/30/2017)
M-1950については、DMZさんの先行する研究記事もありました。
ぜひご参照ねがいます。
http://armyshade.exblog.jp/tags/M-1950/

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by poemaquince | 2017-04-29 13:38 | フィールドジャケット | Comments(0)

M-50フィールドジャケットについて私が知っている二、三の事柄(その2)

(前回からのつづき)
 M-43ジャケットにライナーシステムを組み込んだジャケットは、「M-43 MQ-1」とか「M-1950」とか「M50」とか表示(呼称)されているというお話でした。
 で、わたくし川村は、「それってみんなおんなじダヨね。」と迂闊にも思い違いをしていたわけでした。今回、(春なのに)たまたまM-43/MQ-1にライナーを取付けようとして「アレっ?」と気がついたわけなのでした。
 では、写真を見ていきたいと思います。

M-50にライナーを取付けるときにいつも不思議だった「謎ひも」の用途は?
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なんと、M-1950の背側に取付けのボタンが無く、ジャケットのハンガーループに結びつける用途という事が判明!
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ということで、それぞれのジャケット内側を確認します。
まず
M-50の内装
向かって右にライナーボタン4個
向かって左にライナーボタン5個
背首にライナーボタン2個
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M-1950の内装
右にライナーボタン4個
左もライナーボタン4個
背首にはボタンがみあたらない。
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M-43/MQ-1
右にライナーボタン4個
左もライナーボタン4個
背首にはボタンがみあたらない。
ということで、M-1950と同じ仕様
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その3へつづく
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by poemaquince | 2017-04-22 23:09 | フィールドジャケット | Comments(0)

二次大戦期のM-1ヘルメット(シェル編)その1

 記事「デッドコピーのM-1ヘルメット?」http://parkashell.exblog.jp/21029100/ のコメント欄にて、Schutze600さんから投稿があり、シェルの刻印にいついていろいろとご教示をいただきました。そのことを手がかりに、いままでほとんど見当のつかなかったシェルの刻印について、確認をしてみたわけでした。まずべトナム戦期のシェルについて二回にわたり観てきたわけですが、今回は、二次大戦期のM-1ヘルメッットシェルについてみてみましょう。ロットナンバーの刻印(ヒートスタンプ)の場所を付箋にて示しています。

the McCord Radiator and Manufacturing Company (1941年6月〜1945年8月?)
以下、マッコード製のシェルについての考察です。
大戦中のマッコード製シェルの外観については、リムの合わせ目の位置(フロント/リア)の違い、チンストラップループの形状(固定/可動)の違いにて大まかな生産時期が推定できます。

正確な出典は不明ですが、マッコードのヒートスタンプナンバーとその生産時期?の対応表をSchutze600さんからご教示いただきました。今回はそのチャートをもとに大まかな生産年を推定しています。(画像枚数の上限のため、表は次回に)

_19A
フロントシーム スイベルベイル
リペイント
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最初のケタの刻印がはっきりしないので、二ケタ数字か?とも考えましたが、フロントシームであってかつ、スイベルベイルなので、1943/10〜1944/11の間の生産と思われます。
従ってヒートスタンプのロットナンバーは600〜1000の間になるはずなんだけど、どうなのだろうか??
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837E
フロントシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1944/03頃
レイノーザ(M.A.Reynosa: The M-1 Helmet a history of the U.S.M-1 helmet in W.W2/Schiffer1996)によれば、フロントシームは1944年11月頃まで生産されていたようなので、チャートの時期とも矛盾しません。
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10_6G
フロントシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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チャートから生産時期を推定するとロットナンバーは106ではなく2ケタ目が抜けている(10*6)と推測されます。

1195D
リアシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1945/03頃
ロットナンバーとシーム、ベイルに矛盾はありません。

1262D
リアシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1945/06頃
ロットナンバーとシーム、ベイルに矛盾はありません。


以上は、マッコードラジエーター社製シェルについてでした。
つづく
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by poemaquince | 2016-12-18 21:33 | M-1 | Comments(0)

べトナム戦争期のM-1ヘルメット その2(ライナー篇のつづき)

 今年5月にべトナム戦争期のM-1ヘルメット入門(ライナー篇)を始めてはみたものの、自分自身が、ライナーの変遷をよく理解していなかったため、中途半端な紹介記事となってしまいました。今回、不十分ながら再度整理して、大戦後のM-1ヘルメットライナーの変遷をとりまとめてみようとおもいます。
 特に注意されたいのが、60年代の一時期、「M-1ヘルメットライナー」の二つの仕様が同時に並行して採用されていたことです。
 ひとつは、二次大戦期からの仕様(ボディーが、コットンダック・レジン製)によるMIL-L-1910、もうひとつが、抗破片性能の向上した(ボディーが、ナイロン・レジン製)新型のMIL-L-41800です。新型は1963〜64年ころに登場しますが、その時点で先行していたコットンダック製のMIL-L-1910を廃止とせず、新型と同型のクレードル型サスペンションを装備して並行して生産されました。
 では、具体的に見ていきましょう。

MIL-L-1910
左 大戦型ライナー(〜1954)
右 55年型(1955〜1963)
右は、ヘッドバンドを外した状態(実は付け忘れて撮影(笑))
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MIL-L-1910
左 大戦型ライナー(〜1954)
右 55年型(1955〜1963)
正面から見たところ
大戦型のライナー正面に、徽章用アイレットがあることに留意
55年型ではアイレットは廃止された。
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MIL-L-1910の三形態
左 大戦型(〜1954)
中 55年型(1955〜1963)
右 64年型(1964〜1969)
64年型ライナーのボディーは、コットンダックレジンのまま、サスペンションが新型(クレードル型)となっていることに留意、また、革のチンストラップが省略されている。
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MIL-L-1910
左 55年型(1955〜1963)
右 64年型(1964〜1969)
両者を側面からみたとこと
革製チンストラップの有無、ネックバンドの形状などが変更となったため、サスペンションを留めるリベットの位置などが異なることに留意
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MIL-L-41800
左 64年型(1964〜1974)67年5月コントラクト
右 64年型(1964〜1974)68年7月コントラクト
左のものは、ヘッドバンドを外した状態(実は付け忘れて撮影(笑))
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MIL-L-41800
左 64年型(1964〜1974)68年7月
右 最終型(1972〜1984)84年
最終型の特徴は、それまでAワッシャーとリベットでライナー本体に固定されていたクレードル型サスペンションが取り外し式となった。
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最終型の取り外し式留め具
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左 64年型(1964〜1974)68年7月
右 最終型(1972〜1984)84年
両者を側面からみたとこと
サスペンションを留めるリベットの位置などが微妙に異なる。
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MIL-L-1910(64年型)とMIL-L-41800(64年型)の比較
左 MIL-L-1910
右 MIL-L-41800
ボディーの材質が異なるのみで、外観にほとんど差は無い。
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MIL-L-1910のコントラクト(69年3月)
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MIL-L-41800のコントラクト(67年5月)
新型だけどこっちのほうが古い
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by poemaquince | 2015-09-03 17:56 | M-1 | Comments(2)

EX-48-1(experimental)PARKAの比較その2「ライナー篇」

 昨年、EX-48-1やったときに写真を一緒に撮ってあったのですが、すっかり忘れていました。M-48ライナーとの比較です。てなわけで新春?第三弾にしてやっと当ブログ「本編」(笑)関係です。
 まずは写真にて早速見てみましょう。

ライナー全景
左:EX-48-1 右:M1948
ライナーフードに付いているボタンに留意
シェル側にボタンホールのタブが付いており留めるようになっている。
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左身ごろを開いたところ
左:EX-48-1 右:M1948
左:難燃性を意図した?グラスファイバーわたのキルティングと、右:ウールのパイル地の違い
ライナーに付いている内ポケットにも留意
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ポケットの比較
蓋は開いた状態です。 
左:EX-48-1 右:M1948
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EX-48-1ポケットラベルのクローズアップ
インストラクションの内容がパーカシェル全体について解説していることに留意
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M1948 ポケットラベルのクローズアップ
インストラクションはあくまでライナーについての記述です。
緩い天候の場合はコットンシェルだけで着なさい
ライナーをアウターとして着てはいけません
などと書いてあります。
21世紀の日本では、ライナーをアウターに着たりもしてますけど(笑)。
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by poemaquince | 2015-01-19 23:00 | parka | Comments(2)

EX-48(experimental)の謎 あるいはEX-48とは何か???

 前回のEX-48-1パーカのところでも書いたのですが、「EX-48」は、M-48「パーカ」の前身モデルのみを指すものとばかり思っていました。ところがフランスのUSMCに関するサイトで、EX-48イクスペリメンタル(実験的)モデルを紹介するページ「LES TENUES ET EQUIPEMENTS EX-48」(フランス語なので中身は良くわからないのですが)を見てみるとEX-48と名付けられているアイテムが多数あることが解ります。
そんなアイテムのひとつとしてMask, Cheek Protector, Arctic, EX-48が紹介されています。
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Port du protégé nez / joues. On note le détail de fermeture à glissière qui assemblé la capuche amovible et la veste.
(頬/鼻の保護マスク また、着脱式フード、ジャケットのファスナのディテールに留意/グーグル先生を使っての大意訳)

そんな訳で、似たアイテムが手元にあるのですが、これは、「EX-48」なのかそれともその後の量産?モデルなのか、スタンプでは判断付きません。
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1952年2月3日付のコントラクト?
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by poemaquince | 2014-11-24 00:12 | parka | Comments(3)

1980年5月光州 韓国予備役部隊のファティーグ

 今年は、ダックハント柄( duck-hunter / leopard )が「きてる」ということなので、こちらのアイテムをチェックしてみました。ボタンの形などがレトロだったのでもしや60年代ものかも!と入手してみたのですが、ばっちりスタンプが残っていて80年の製品ということでした。いまから30年以上前の製品です。
 「あー80年製なんだ・・・、80年?韓国!光州!!」
 1980年の韓国といえば、5月光州が思い出されます。韓国現代史において、光州事件ははまさに時代のメルクマールでありました。光州において、全斗煥のクーデタに抗議するデモ隊の学生が戒厳軍に殺され、怒った学生、市民の一部が予備役の武器庫を襲撃し武装して市庁舎などに立てこもります。結局、正規軍に鎮圧されてしまうことになってしまったのではありますが、その後、民主化した韓国において民主化運動の先駆として再評価されます。もしかしたら立てこもった市民のなかにはこのファティーグを着ていた人もいたかもしれないなどと思いを馳せたりします。
 お隣の国、韓国では今日でも兵役があり、成人男性のほとんどは軍事訓練を積んでいます。ネット上の歴史講談や軍事情報を鵜呑みにして息巻いている日本の嫌韓ヲヤヂとはそこが異なってるのかもしれません。(いやどの国にも幼稚なネトウヨはいるんだけどさ)

60年代〜80年代にかけて、主に韓国郷土防衛隊(予備役部隊)が使用したパターン
(予備役とは兵役期間終了後の一定期間、有事に動員されることになる人々のこと。 韓国では、今日でも全成人男子に2年近くの兵役が課せられ、その後数年の予備役期間が設けられている。)
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レトロで見慣れないボタンだったため、もしや60年代もの?と思ったがスタンプには80年12月のスタンプが・・・
生地はコットンのヘリンボンです。
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スタンプは左身頃すその内側にありました。年代の他はなんて書いてあるか分かりません(笑)。
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右胸にネームタグ キム ムングェンさん? 左の赤いビニルには ミョンギル トンデ?ソウルの町名かな?
襟のサイズタグが共布であることに留意(通常は普通の白布がついてることが多い)
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武装準備する光州市民!
人物のヘルメットカバーに留意
左側の人(ダックハンターパターン)
右手前の人(ヌードルパターン)
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似たようなテーマについて、興味深い記事がありました!!
非常に参考になります。
http://checksix.militaryblog.jp/e460387.html
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by poemaquince | 2014-07-21 00:08 | 番外編 | Comments(0)

あらかじめ失われた革命(涙) 映画「南部軍」観てきました

 2014年5月4日、昨日にひきつづき映画を観てきました。ふだんは見たい映画があっても時間がなかなかとれなかったりします。ここぞとばかり予定を組んで見ましたが、映画館へ行くとお金もそれなりに使ってしまいます(とほほ)。
 今回の映画はチョン・ジヨン監督「南部軍」です。
 
 1945年、日本帝国がアメリカを中心とする連合国に敗北すると同時に日本の支配下にあった植民地諸国は日帝の軛(くびき)から解放されます。ところがそこで「めでたしめでたし」というハッピーエンドにはならず、朝鮮半島では、また苦難の歴史が始まるのでした。世界大戦後の覇権を巡って、米国とソ連邦の本格的な角逐が始まります。朝鮮半島は両国を後ろ盾にした政治勢力により非和解的・非妥協的な対立が先鋭化し、ついに「熱い戦争」が始まってしまいます。
 映画で描かれるのは「理想」やさまざまな事情によりパルチザンとして山にこもり「国軍」と戦う人々を描きます。(女性兵士がみんな美人で、主人公イ・テ役のアン・ソンギがモテ過ぎなのは気になります(笑))
 原作の本もその昔読んでいたので個人的にはぐっときちゃったんだけど、長い映画だし、歴史背景等の知識と映画的想像力がないと、こんな感想↓ になっちゃう方もいるかもしれません。
 →http://eiga.com/movie/80061/review /
 (まあ「永遠の○」とかなら初見でも分かりやすいよね!)
 
 スーツのジャケット、学生服、セーラー服でも山に入って武装すればパルチザンです。
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 (C)AURA PICTURES

 月昇台(ダルトゥギ)のシーンだったかな?
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 (C)AURA PICTURES

 夜の「渋谷アップリンク」(井の頭線渋谷駅から近道しようとして迷いました(笑)!)
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 渋谷アップリンクは普通のマンション?のなかにあります。
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 原作の本、邦訳が出ています。おすすめです。
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 それにしても21世紀になってもあの「共和国」の惨状をみるにつけ、パルチザンとして若い彼らがなんのために戦い死んでいったのか。歴史のIFを言ってもせんの無いことですが「金一派」の権力簒奪が本当に悔やまれます。



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by poemaquince | 2014-05-05 17:35 | 映画 | Comments(0)