M-51Parkaに関する2,3の事柄

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M-65ジャケットの洗濯(インシデントレポート(笑))

 わたしは、古いパーカやジャケットについては基本的に洗わないことにしています。ですが、取得した時点でだいぶ汚れていたり、実用で着る場合には洗わざるを得ない場合もあります。そんなわけで今回は、M-65フィールドジャケットのお洗濯(含インシデントレポート)についてです。
 パーカやフィールドジャケットは、基本的にコットンまたはナイロンコットンなので普通に洗濯機でごろごろ洗ってしまえば良いと思われますが、洗濯機は結構リスキーです。洗濯機では、いくつか失敗を経験しています。
 ひとつはM-65パーカ(初期)のスライドファスナ破損事故、もうひとつはM-43ジャケットの生地裂け事件です。
 パーカのほうは、ファスナーを閉じずに(家人が)洗濯機にかけて、脱水工程でスライダーの引手(鋳造タイプ)が折れてしまった事例、M-43ジャケットのほうは、(自分で)フロントボタンを閉じて洗濯機にかけたところ、水流でボタンに力がかかって生地ごと裂けてしまった事例です。それ以来、洗濯が恐くてたまりません。
 しかしながら、今年の冬はM-65JKTで過ごそうと考え、洗濯を実施する事にしました。しかも手洗いなら安全かなと思っていたわけでした。

 まずは、ジャケットのインストラクションラベルの確認です。
今回の洗濯物は、67会計年度、アレン オーバーオール カンパニー製
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インストラクションの一番下の行に
Launder with mild soap or synthetic detergents.
「マイルドな石けんもしくは合成洗剤で洗濯しなさい。」と書いてあります。
いやまあ、そーなんですけどね。
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洗う箇所の点検です。
入手時よりなぜか、内側肩の生地が茶色く変色(木製ハンガーのニスが移った?)しているのでそこを重点的に洗う予定です。
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あと、腰ポケット。 
生成りコットン生地のタイプですが、ポッケの中はごみがたまりやすいところでもあります。
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結んである腰のドローコードはほどいておきます。
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本体生地の汚れもチェックです。
右上腕および右胸ポケットフラップに原因不明の黒い汚れ
汚れ部分に液体洗剤原液をつけておきました。
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肩の茶色い汚れは液体洗剤をつけたブラシでこすります。
が、茶色の落ちはよくありません。
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落ちが悪いので調子に乗ってもみ洗いしたら
「ああっ!」取り返しのつかない事がっ!!
もともと弱っていた生地なのか、水にぬれただけで非常に脆くなり弱い力にも耐えきれずに破れてしまいました!!
肩の色落としは中止です(涙目)。
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ポケットの中は、普通の石けんでごしごし洗いました。
生地は健全ですが、黄ばみはとれません。そこはやむなし。
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最後は「おしゃれ着クリーニング用」液体洗剤で押し洗いして、洗濯機で脱水でした。
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洗濯後の内側肩部分の状態
洗剤でこすったところは茶色が落ちるというより生地の色そのものが落ちてしまっている状態 穴もあいてしまい、またひとつインシデントの「警鐘事例」となってしまいました。
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その後
ちなみに、71会計年度 アルファ インダストリーズ インク製のインストも確認してみると
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9. For cleaning and restoring of water repellency, return to laundry for machine washing in accordance with established procedures for quarpel treated garments.
「9. 洗浄と撥水性の回復のため、クアペル(米軍の撥水加工生地)衣料処理手順に従って洗濯機にて裏返して洗濯する。」
えーっ、クアペルの洗濯手順?と思ったら「こちら」に記事がありました。
https://www43.atwiki.jp/newrose/pages/69.html
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by poemaquince | 2016-12-28 22:37 | 番外編 | Comments(0)

えーっ!! Parka Shell Arctic EX-50 ???

 えーっ!! Parka Shell Arctic EX-50 ???
 その日、たまたまエイ出版社の雑誌を店頭でぱらぱら手にとったところ、とんでもない写真を見てしまいました!!! えーっっ??何コレ?? EX-50??
 そこには、見たことも無い聞いた事も無いEX-50というエクスペリメンタルモデルが紹介されていたのでした!!おまけに中目黒の『LOCO』さんで取り扱っているとの記載が!へなへなとその場にしゃがみ込んで雑誌に書いてある「問い合わせ先」に電話してをしてみまたが、呼び出し音ばかりでなかなかつながりません。調べてみたら開店は午後二時からとのこと。まだ1時前です。本の奥付を確認すると12月10日発行、少なくとも11月には店頭に出ていたか?もう遅いかもと、不安を抱きながらもとりあえず直接中目黒に向かうことにしました。
 中目黒の古着屋さんは、『Cider』以外はほとんど行った事がありません。グーグルマップで目的のお店に向かいます。さすが「中目黒」、ガード下は、おされな飲み屋がいっぱいです。東急線のガード沿いから商店街に抜けます。ありました「LOCO」さん。入り口にはM-51parkaが。程度もよく、ライナーもついて15000JPN台は安いのでは?しかし今日はそれどころではありません。店内に入りぐるり見廻してもそれらしいアレはありません。(あーっ、やっぱり遅かったか?)念のためお店のひとに訊ねてみました。お店のおねえさんは、雑誌をたしかめながら電話でも商品の有無を確認してくださり、やはり雑誌が出て直ぐ売れてしまったとのことでした。あーっ、またしても「パーカ趣味者」失格!、ショックでしばらく呆然としてしまいました。まあ、残っているとは思ってなかったけど、それでも「もしかしたら!」と淡い期待で中目黒まで急いで来たわけでした。落胆です。まるで好きな異性に振られてしまったかのような気分です。きっと、「キモいトラ柄のアレ」や、「ポットの刻印」のことばかり考えていたため、パーカの神様のバチが当ったのでしょう。ぐっすん(涙目)。 
 ここまで来たのだからと、下北沢で途中下車です。険しい顔(たぶん)でひととおりお店を廻って、やっぱり「EX-50」ないなー(当たり前)、と、もうすっかり合理的判断力を失っています。そんな折り、「フラミンゴ」店内で、あれ?ほどよくヤレたJWD?を着たおしゃれな店員さんとすれ違いました。(オリジナル??)思わずじっと観察してしまい、我慢できずに「見ていいですか」と(おそらく恐い顔で)訊いてしまいました。親切な店員さんは親切に「どうぞ」といってくださいました。(うーん黒ボタン?中田?だとしたらこんなヤレ方する?)ただ、店員さんが私物で「着ている」ものなので手にとって観察するわけにもいかず「オリジナルですか?」と(たぶん尋問口調で?)訊いてしまったのでした(もう、ほとんどストーカーです)。店員さんは、「いいえ」といってシャツの裾をまくり、グリーンのラベルをみせてくださいました。その対応があまりに自然でつい「あはは」と心が和んでしまいました。
 そして、気がつきました。そうです。べつにわたくし川村が、EX-50をもつ必要はないのです。ただ、EX-50がどういうものなのか知りたかったのです。無事入手された方には、是非どこかでEX-50に関する情報を公開いていただけたらと思います。あるいは消費せずにどうか大切に保管して後世に伝えてほしいと切に願うのでした。

Parka Shell Arctic EX-50-6 
(出典)エイムック
「MILITARY JACKET:ヴィンテージミリタリーデザインの集大成」(2016/12)
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(出典)エイムック
「MILITARY JACKET:ヴィンテージミリタリーデザインの集大成」(2016/12)
https://books.google.co.jp/books?id=AvWuDQAAQBAJ&lpg=PA176&dq=EX-50%20parka&hl=ja&pg=PA176#v=twopage&q=EX-50%20parka&f=false


いやはや、この本このほかにもM-65パーカの試作モデル「T-60」の紹介など、パーカー史を塗り替えるスクープが満載です。
じつは、以前に書店でこの本を見かけたときは「どうせレプリカのカタログ本でしょ」とスルーしてしまっていました。何事も先入観で判断してはいけなかったのです。すばらしい編集を虚心に観察して手にとっていればEX-50に巡り会えたかもしれませんでした。驕った心にバチが当たってしまいました。エイ出版さんごめんなさい、えーん(泣)。
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by poemaquince | 2016-12-22 00:37 | parka | Comments(5)

二次大戦期のM-1ヘルメット(シェル編)その2

 前回、マッコードラジエーターカンパニーのシェルについて概観したところですが、ブログ写真の枚数制限のため、マッコードのフィクスドベイルについては、「その2」まわしになってしまいました。シュルターのものと一緒に考察していきたいと思います。

 前回も述べましたが、大戦中のマッコード製シェルの外観については、リムの合わせ目の位置(フロント/リア)の違い、チンストラップループの形状(固定/可動)の違いにて大まかな生産時期が推定できます。
 その期間と、ネット上に公表されているロットナンバーと生産時期の対比チャートを対照させてみようという試みです。

the McCord Radiator and Manufacturing Company
781A
フロントシーム フィクスドベイル
リペイント
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チャートによる生産時期は、1943/12頃?
1943年10月頃には、ストラップのベイルはスイベルベイルに切り替わっているようなので、ヒートスタンプ700番台の後半にフィックスベイルは時期的に苦しいかも。リペイントもされているのでフィックスベイルは後付けの可能性もあり。ただしチャートの精度や当時の運用にもよるため、2ヶ月くらいの差をもって「後付け」との断定もできないと考えます。
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マッコードのヒートスタンプナンバーとその生産時期?の対応表をSchutze600さんからご教示いただき、引用させていただいています。正確な出典は不明ですが、War Relics Forum  http://www.warrelics.eu/forum/us-m1-steel-helmet-forum/fixed-bale-front-seam-what-have-i-got-512634/ を参照いたしました。
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The Schlueter Manufacturing Company(1942年6月〜)
シュルター社製のシェル
リアシーム スイベルベイル
オリジナルペイント
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548
S
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生産数は、マッコードの10分の1くらい(それでも200万個)のはずなんだけど、バイザーの裏側に独特の「S」の刻印があるので判りやすいです。
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マッコード(右)とシュルター(左)のシェルを並べてみました。
シュルターのほうが、バイザー部分のRが緩やかなようです。
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by poemaquince | 2016-12-20 07:54 | M-1 | Comments(0)

二次大戦期のM-1ヘルメット(シェル編)その1

 記事「デッドコピーのM-1ヘルメット?」http://parkashell.exblog.jp/21029100/ のコメント欄にて、Schutze600さんから投稿があり、シェルの刻印にいついていろいろとご教示をいただきました。そのことを手がかりに、いままでほとんど見当のつかなかったシェルの刻印について、確認をしてみたわけでした。まずべトナム戦期のシェルについて二回にわたり観てきたわけですが、今回は、二次大戦期のM-1ヘルメッットシェルについてみてみましょう。ロットナンバーの刻印(ヒートスタンプ)の場所を付箋にて示しています。

the McCord Radiator and Manufacturing Company (1941年6月〜1945年8月?)
以下、マッコード製のシェルについての考察です。
大戦中のマッコード製シェルの外観については、リムの合わせ目の位置(フロント/リア)の違い、チンストラップループの形状(固定/可動)の違いにて大まかな生産時期が推定できます。

正確な出典は不明ですが、マッコードのヒートスタンプナンバーとその生産時期?の対応表をSchutze600さんからご教示いただきました。今回はそのチャートをもとに大まかな生産年を推定しています。(画像枚数の上限のため、表は次回に)

_19A
フロントシーム スイベルベイル
リペイント
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最初のケタの刻印がはっきりしないので、二ケタ数字か?とも考えましたが、フロントシームであってかつ、スイベルベイルなので、1943/10〜1944/11の間の生産と思われます。
従ってヒートスタンプのロットナンバーは600〜1000の間になるはずなんだけど、どうなのだろうか??
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837E
フロントシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1944/03頃
レイノーザ(M.A.Reynosa: The M-1 Helmet a history of the U.S.M-1 helmet in W.W2/Schiffer1996)によれば、フロントシームは1944年11月頃まで生産されていたようなので、チャートの時期とも矛盾しません。
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10_6G
フロントシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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チャートから生産時期を推定するとロットナンバーは106ではなく2ケタ目が抜けている(10*6)と推測されます。

1195D
リアシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1945/03頃
ロットナンバーとシーム、ベイルに矛盾はありません。

1262D
リアシーム スゥイベルベイル
オリジナルペイント
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1945/06頃
ロットナンバーとシーム、ベイルに矛盾はありません。


以上は、マッコードラジエーター社製シェルについてでした。
つづく
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by poemaquince | 2016-12-18 21:33 | M-1 | Comments(0)

いろいろなライナーコートその5 その他古着屋さんで見かけるライナー図鑑

 さて、いろいろなライナーシリーズ最終回は、その他、古着屋さんなどでよく見かける(かもしれない)ライナーについて、ざっくりご紹介したいと思います。(別稿の使い回し写真もあるけど許して)

 ファー付きフードとプルオーバー型デザインで、「ベアーパーカ」などとして人気のあるライナー(左)裏地のつかないもこもこのウールパイルです。
 先日も吉祥寺の古着屋さんでおしゃれ女子が試着していました。お買い上げになられたのでしょうか?
 それに対応するシェルは、右のコットンO.D.パーカ、通称M-43プルオーバーパーカです。
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 今年は、この型のライナーも古着屋さんの店頭で多く見かけます。アメリカ空軍のフィールドコートライナー
 こちらも、もこもこのウールパイル地になります。袖がニットカフになっています。
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 上記ライナーを本体に取付けた写真
 USAFフィールドコート
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 おなじみM-51パーカのウールパイルライナー
 フィールドジャケットと比較して丈が長い。ボタンホールの数に留意
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 なかなかお目にかかれないM-48パーカのウールパイルライナー(右)とEX-48-1パーカのグラスウールライナー(左)
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by poemaquince | 2016-12-17 08:11 | 入門編 | Comments(0)

いろいろなライナーその4 オーバーコートパーカタイプM-45とM-47を比べてみる

 さて、いろいろなライナーシリーズ(笑)その4は、1940年代の後半に採用され主に朝鮮戦争で活躍した、オーバーコートパーカタイプ、いわゆるM-47パーカコートのライナーをくらべてみましょう。
 一般にM-47という通称で有名ではあるのですが、その前身モデル(パターンデータが1945年のもの)があることはあまり知られていませんでした。
 11月12日付の「ライナーコートが流行って・・」http://parkashell.exblog.jp/23358081の記事にて言及した「大戦型オーバーコートパーカタイプ」がこれに該当します。当稿では、大戦型のオーバーコートパーカタイプを「M-45」、戦後型を「M-47」と便宜的に仮称しますが、品名は両者ともあくまで「オーバーコート・パーカタイプ」で特に区別されていないことにご留意ください。(っていうか「入門編」の割にだんだん細かい話になってしまってすみません)


 オーバーコート・パーカタイプ用ライナーの全景
左 M-47
右 M-45
 M-47のライナー生地はクリーム色(あるいはグレー色)のもこもこウールパイル生地に、袖は鳶色のフェルト生地の切り返し、カフはウールニットで構成される。また、M-45のライナーと異なりフードが縫い付けとなっている。
 M-45のライナーは、茶のチント植毛パイル生地で腕もどうようの生地、カフはM-47と同じ仕様でウールのニット
 両者ともスナップファスナ(ドットボタン)にて本体に取付ける。袖にボタン取付用タブがついていることに留意
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 ライナーを本体に取付けたところ
左 M-47
右 M-45
 M-45のチントファーは、ライナーではなく本体側についている。
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 オーバーコート・パーカタイプの全景
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 フード部分の拡大
 両者のフードの造りの違いにご留意ください。
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by poemaquince | 2016-12-16 08:06 | 入門編 | Comments(0)

いろいろなライナーその3 M-50とM-51を比べてみる

 さて、いろいろなライナーシリーズ(笑)その3は、50年代を代表するフィールドジャケットのM-50とM-51ライナーをくらべてみました。
 古着屋さんの店頭で見分けるときに参考にしてください。(と書いてから思ったけど、もっとディテール写真と観察項目を挙げないとちょっと判りにくかったかも。)

フィールドジャケット用ライナーの全景
左 M-51
右 M-50
一見似ていますが、M-50ジャケットの開襟に対応する形で、M-50ライナーは襟周りのパイル生地をグリーンの生地で覆っています。
また、袖のボタン留め用タブがM-51は2つであるのに対し、M-50がひとつである事がわかります。
(なお、当M−50ライナーの個体は右襟についているボタンがひとつ欠落しています。)
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左 M-51
右 M-50
写真にはあまり写ってませんが(撮り忘れました)、M-51の脇下および腕関節部分にはパイル生地が抜けており、そのかわりグリーン生地で覆われています。
M-50の脇下は、スリットのままです。また、腕関節に切れ込みはありません。
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M-50のコントラクトラベル
1951年4月のコントラクトである事がわかります。
コントラクターは、SKYLINE CLOTHING CORP.
パターンデータは1950年12月27日
MIL-L-10800(QMC)?
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M-51のコントラクトラベル
(この個体はラベル縫付けですが、スタンプ印字のタイプも非常に多く観察されます。)
フィラデルフィア主計補給厰(Phila.QM Depot)直営の製品と思われます。
直営品はコントラクトデータが無いため、生産年度が特定できません。
ただし、品名が「ジャケット」の表示のため比較的初期(遅くとも1953年)のものと推測されます。
パターンデータは、1951年9月13日
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同じくM-51のインストラクションラベル
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追記
以前立川の公園で撮ったM-50ライナーの写真が出て来たので掲示します。
デフォルトで右襟に尿素ボタンがついている事に留意
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by poemaquince | 2016-12-15 08:13 | 入門編 | Comments(0)

いろいろなライナー M-51/M-65フィールドジャケットの場合(入門編)その2

 さて、前回のM-43、M-50フィールドジャケットライナーに引き続き、今回はM-51、M-65ジャケットのライナーについて見ていきましょう。
 50年代から60年代初頭にかけて防寒用のライニングとしてパーカやフィールドジャケット、あるいはMA-1などのフライトジャケットに多用されたウールパイル生地ですが「重くてかさ張る」ということは着用を経験された皆さんもご存知の通りと思います。そんな声が当時の米軍衣料調達機関にも寄せられていたのでしょう。そんな事情で次世代の防寒ジャケットにはナイロンわたの軽量なライナーが採用されたのだと思われます。

フィールドジャケット用ライナーの全景
左 M-65
右 M-51
M-65は、ナイロンわたの軽量なキルティング生地、M-51はウールパイル地にシルクやナイロン生地などで内張している。
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ジャケットに装着した写真
左 M-65
右 M-51
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身頃を開いたところ
左 M-65
右 M-51
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M-65フィールドジャケット用ライナーのバリエーション
左 70年代のもの
右 60年代のもの
キルティングの密度に留意
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by poemaquince | 2016-12-13 22:44 | 入門編 | Comments(0)

いろいろなライナー M-43/M-50フィールドジャケットの場合(入門編)その1

 さて、先月の記事で、おしゃれ古着業界での静かな「ライナーブーム」の事を書いてみたわけですが、そうなると、じゃあそのライナーって本体はどんななのよ?と知りたくなるのが人情です。そんなわけで「入門編」としていくつかのライナーを比べてみようと思います。第一弾は、フィールドジャケットに於けるレイヤードシステムの草分け(?)となるM-43ジャケットから見ていきたいと思います。
 はじまり、はじまりー

フィールドジャケットライナーの全景
左 M-50
右 M-43
左のM-50は、ウールパイルが剥き出しなのに比べM-43ライナーは薄いコットン生地で覆われている事に注意
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同じく身頃をひらいたところ
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M-43「ライナー」のインストラクションラベル
「ジャケット, フィールド, パイル, O.D」という表記に「ライナー」の文字が無い事に留意
インストラクション表記では、M-43ジャケット以外にも、ODのプルオーバーパーカやホワイトパーカの下に着る事を意図している。また、アウターとしては想定していないが、屋内では単独着用を可としている事がわかる。(実際、当時の写真ではアウターとしての着用の写真がたまに見られる。)
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ジャケットに重ねた写真
ご承知のとおり、M-43とM-50の外観は全く同じである。
左 M-50
右 M-43
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身頃を開いたところ
M-43ジャケットにライナー用のボタンを取付けたものが、M-50(あるいはM-43MQ-1)と呼ばれる。実際の生産では、M-50やMQ-1として作成されたものと、既存のM-43をM-50にモディファイしたものの両者が観察される、
左 M-50
右 M-43(何らかの形でジャケットに固定されているわけではなく、あくまで重ね着(笑))
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「いろいろなライナー」その2につづく
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by poemaquince | 2016-12-12 23:36 | 入門編 | Comments(0)

いいかげん「日本ホルホル」やめませんか?

 ユーキャンが「保育園落ちた日本死ね」を今年の流行語に選出したところ、隠れヤンキー系のタレントさんがツイッターにて「違和感」を表明したりしていると3Kシンブンが報じています。
 そもそもその他の受賞した流行語も含め、ほんとに「流行」したの?という本質的な疑問はいったん横に置くとして、「保育園落ちた日本死ね」に対するタレントさんからの「違和感の表明」には強い違和感を感じます。このツィートをされたタレントさんには、行政権力の執行機関(何故か大阪府警)の末端が発した「憎悪のことば」を明確に否定しない「府知事」や「担当大臣」についてどのように感じられたのか、ぜひ伺ってみたい気がします。

 この件ではもうひとつ、からっぽ「評論」の巣窟といわれる「アゴラ」系の空間にあふれるマトハズレな批判、たとえば「「日本死ね」という言葉が公共空間に飛び交う不気味さ」http://agora-web.jp/archives/2022971.htmlなどの「日本無謬(むびゅう)の言説」にも辟易です。
 そもそも論者の発想が「保育園落ちた日本死ね」=「日本を貶めるもの」という歪んだ前提から出発しているので、ご本人はまわりが見えておらず、有効な論に到達できてません。なぜか、ナチを引き合いに出して頓珍漢な論理を展開していますがその論旨は中学生並みです。まあ、たわけたオサーンが100PVくらいのブログでのたまっている分にはかまわないとは思うんですが、実際にはそこそこのPVを稼いでしまっています。(現時点12/3でアクセスランキング1位!ですね)
 問題は、こういったぬるい「評論」(っていうかほとんどデマゴギー)のたぐいが何故か無料のニュースアプリとかに多数採用されているという現状です。この手のデマに近いバイアス記事の浸透が、スマホでしか社会をしらない若い人たちの意識の形成に一定の影響を与えてしまっているのではないかとの懸念を強く感じています。そして(そこそこ歳はとってる)日本ホルホルな人々のバイアスの補強にも一役買っていることについても論をまちません。
 ニュースアプリのビジネスモデルはよく知らないのですが、3Kシンブン(や系列のizaやZAKZAK)のヨタ記事とか、この「アゴラ」とかの空っぽな「評論」とかを、ニュース記事配信として数多くみかけます。
 たまたま「日本ホルホル」大好き系のユーザクリック数から選択されて表示されてしまうのか、あるいは「見えない」スポンサーがいて「大人の事情」で表示されるのかよくわからないのですが、その辺のご事情をご存知の方がいらっしゃいましたら是非ともご教示いただけたらと存じます。
 そういえば、この「エキサイトブログ」に於いても下司な「排外ブログ」が上位PVを占めていたりします。もうほんと、我々の「自由で寛容な日本の社会」を貶めるような「排外ブログ」は、早々にご卒業されるよう執筆されている方には気づいてほしいと強く願うばかりです。
 いやはや、マッコードラジエーター社のM-1シェルとかについて書くつもりがこんな話になっちゃいました(笑)。ほんとにもう、どうしちゃったんだろ日本??

(コメントに対する返信)
お返事のコメントが長くなりましたので、欄の文字数の関係で本文のほうに追記させていただきました。以下、コメントに対するお返事です。
//////////////////
Tさま
 コメントありがとうございます。
 Tさんは、「保育園落ちた日本死ね」の全文はご覧になりましたか?わたしは、今年の2月か3月頃にそれを読んでイタく「感動」した覚えがあります。
 その匿名のグログを野党政治家が国会質問で取り上げ話題となったわけですが、その後かなりの反響が巻き起こり、待機児童問題に世間の関心が注がれました(一瞬だったけど(笑))。
 まっとうに日本(の社会)を心配し、憂える人々のあいだでは、この超少子高齢社会の行く末というのは、非常に深刻なイシューのひとつであり、我が国喫緊の課題であるわけです。ところが歴代政権の政治リソースの配分は高齢者への投入が優先され、表裏一体であるはずの少子社会の問題は顧みられてきませんでした。
 そこに、このブログ投稿が話題となったわけでした。
 http://anond.hatelabo.jp/20160215171759
 保育園の選に漏れた絶望と、どうでも良いぬるい事がらに金を突っ込んでる日本の政治への怒りがひしひしと伝わってくる叫びです。「死ね」という言葉は、私は全く使いませんが、読んでいただければ判るとおりこの文脈での用例は、ネットジャーゴンとしてはかなりポピュラーな使い方なのではないでしょうか?
 にもかかわらず、子育てもされている?タレントさんが、的外れな「つぶやき」をされている事にはやはり違和感を感じています。「汚い言葉」が宜しくないというのであれば、まずはオキナワでの「憎悪のことば」について擁護する「政治上の責任者たち」について「ツィート」するべきだったでしょう。
 さて、といったような前振りのうえで、Tさんのコメントについての見解をのべさせていただきます。
>日本の政治家ともあろうものが恥じるでも憤るでもなく、笑顔で受賞するのには、違和感を覚えるのは当然かと。
→縷々説明させていただいたとおり、政治家本人が「受賞」したわけでなく、ブログの言葉に象徴される少子化対策、児童待機問題について国会質問で取り上げた当事者として登壇したもので、恥じたり憤ったりする必要もないですよね。
>その発言に対し危険思想とレッテルを貼り謝罪させるのがリベラルなのか。
→「危険思想とレッテルを貼り謝罪させる」??そんな必要はないとおもうけど。てゆーか誰が???
>自由で寛容とは何なのか。
→人権が尊重される多元的な社会、社会的少数派であっても権利が擁護されること。
>少なくとも死ねなど過激な言葉を取り上げて扇動するのは政治家として間違っている。
→「死ね」などと「煽動」??そんな政治家がいたとしたらほんと間違ってるよねえ。「今この場で心からの敬意を表そうではりませんか」とマジで煽動した政治家はいましたけどもね。

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by poemaquince | 2016-12-04 01:28 | 番外編 | Comments(1)