M-51Parkaに関する2,3の事柄

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コットンサテンの厚生地は本当に「初期型」か?

生地についての考察は以前のページでも言及しているとおりですが、今回は厚生地の個体についてそれぞれ紹介したいと思います。
ただし、ミル規格についてのスタンプ表示が残っていないものも多く、今ひとつ確証に欠けるのですが、現時点での推測等も含めた記述者の見解であることをお断りしておきたいとおもいます。
さて、いつもお世話になっているMILCLOEさんのページ
(http://milcloe.info/database/MIL-P-11013.html)によれば、ミル規格mil-p-11013の初版は1951/3/14で、同年6/11にはアメンドメント(修正)1が入り、翌年1952/12/24にリビジョン(改訂) Aとなっています。その後、53年、55年とアメンドメントが続き、1958/4/15日にリビジョンBとなっています。ですので、10年以上現役であったM-51ではありますが、一応「初期型」とよぶのはリビジョンAになる前のもの(概ね1952年12月頃まで)とするのが妥当かな、などと考えたりします。

コットンサテン厚地の1
サイズはリサイズされた「M」表示、コントラクトスタンプは判読不能
袖は平型薄ボタン
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上と同一個体
ファスナは、タロンのアルミ
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コットンサテン(というかツイル)厚地の2
サイズはM表示、コントラクトスタンプは鮮明
MIL-P-11013
袖は大型の厚ボタン
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大型厚ボタンのクローズアップ
平型薄型に比べ、手袋等していてもボタンホールに留めやすい!
平型薄ボタンより後の採用と考えられる。
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上と同一個体、ファスナはタロンのアルミ
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典型的な大型平型薄ボタンの例
右はM-51パーカー、左はM-48パーカーフード部分
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大型平型薄ボタンの例
M-51パーカー(コットンナイロン?薄生地平織)
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コットンナイロン?薄生地平織の個体だが、初期のディテールを有するもの
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ポケット裏のコントラクトラベル、首のサイズタグ、タロンの真鍮ファスナ、袖の平型薄ボタンなど、典型的な初期ディテールと呼べる
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ラベルにはコントラクトの年月表示が無いので、決定的ではないが、mil-p-11013の表記を信じるならば遅くとも52年秋までのものと考えられる。
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上と同一個体、タロンの真鍮ファスナのクローズアップ
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 朝鮮戦争勃発(1950年6月)後の初めての冬は50年暮れから51年にかけてなので当然M-51は間に合わず、パーカーとしてはたぶんM-48が主流(もっとも写真ではオーバーコートやいわゆる「M-47」パーカーなどがたくさん観察されますが)だったはずで、本格的に前線にM-51が行き渡ったのはその翌年つまり51年暮れから52年にかけてと推測されます。その極東の激戦による大混乱のなか、当時(まあ今でも)世界一「豊かな」国とされる米国といえども何十万着のパーカーのオーダーに関して、布生地などの規格はともかく、数量優先で確保していったなんてことがあったのかもしれません。 結局、いわゆる一般的な朝鮮戦争のイメージの「プサン橋頭堡の防衛」とか「洛東江攻防戦」とか「仁川上陸」とか「中国援朝義勇軍参戦」とか「ソウル再奪還」とかはすべて終わってからM-51が届いたということにはなりましたが。
 戦争は、51年暮れには戦線は38度線付近で膠着状態のまま休戦協定の交渉が始まりますが、本格的に休戦協定が締結されたのは53年7月でした。その後、朝鮮半島の南と北で膨大な軍事力が数十年にわたり対峙する訳ですが、その駐留国連軍(ていうか米軍)の冬期装備として大量のM-51パーカーが投入されてきたというのが大まかな流れでしょうか。ですので、「朝鮮戦争に投入された」M-51パーカーというよくある記述は、むろん誤りではないのですが、むしろ、その後の「冷戦」においてこそ使用されたということに注意したいと思います。
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by poemaquince | 2010-07-10 03:04 | parka | Comments(0)

極初期?M-51モッズパーカー

いやー暑いですね。
真夏に、パーカーのブログというのもどうかと思うのですが、ひさびさにM-1951parkaの話題に戻りました。かれこれこのブログを始めたのは1月でしたが、このブログを始めた当時のページに載せたダイアグラムを、なにげに眺めていて気がついたのは、その図に描かれてあった裾の仕様でした。
左裾の絞りコードの取り出し口が、裾の端でなく数センチ内側に描かれているではありませんか!
しかもその仕様はM-48を踏襲したものではありません。
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補記:この図の出典は、「U.S. Army Uniforms of the Korean War/Stackpole Books, 2002」からと思われます。MIL-specの添付図をもとに書籍用に配置したものと推測しています。それをどなたかがGIFに起こしたものを利用させていただいています。

この個体は、「M-1948との比較」のページで紹介したものですが、まさにこの裾を持っているモデルでした。
入手した当時は、このタイプの裾のバリエーションを見たのは初めてだったので、この個体限りのイレギュラーな処理をしたものと思っておりました。しかしながら、発注用の仕様図(多分)に描かれていたということであれば、当初からの仕様であったことがうかがわれます。
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裏側のクローズアップ、左はコード取り出し口が内側のもの、右は比較用の通常のモデル
追記:右の通常モデルと比較して、左側個体のドローコードが太いのは、太く見えるのではなく、実際にひとまわり太いため、またドットボタンについても、実際にひとまわり大きいものを使用している。(太いコードと大きいボタンは、M-1948パーカーと共通している。)
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表側のクローズアップ、下がコード取り出し口が内側のもの、上は比較用の通常のモデル
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タロンの真鍮ジッパーのクローズアップ
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このブログにおいても何度か言及していますが、生地の種類(厚地、薄地)のみをもって「初期」「後期」に分類するのはどうかということについて提起させていただいてます。次回は、いわゆる「初期」(と通常呼ばれる厚生地タイプ)の個体について比較していきたいと思います。
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by poemaquince | 2010-07-04 18:04 | parka | Comments(0)