M-51Parkaに関する2,3の事柄

わたしの「東京オリンピックお・こ・と・わ・り」宣言 あるいは2兆数千億円のスペクタクル

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 みなさんは、国際オリンピック委員会(IOC)の「オリンピック憲章」を読んだことがありますか?わたくし川村はいまさらながらそれを読んででみて、びっくりしたわけでした。いやはやここまで露骨で上から目線なアレとは思いませんでした。
 ざっくりまとめてみると「オリンピックに関してIOCは絶対であり、放映料、ライセンスなどすべての売り上げの権利と決定権はIOC(規則24、50、58ほか)にあるが、その費用は都市(規則33〜)と組織委員会が責任をもってしっかりヤレ(規則36)」というものです。また、IOCの定款としてメンバー選出(16〜)や組織についてもいろいろ書いてありますが、いやこれもう21世紀にもなってこんな世界でやってるんだあ!という感じの利権集団ですよ。
 ついでに笑止なのはオリンピックやその他のエリアでデモするな(規則50)てなことまで書いてあります。おいおい。
 規則6では「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。」ともしっかり書いてはあるのですが、実情はご承知の通りです。規則6の理念を尊重するならJOCなり組織委員会なりが「にっぽんちゃちゃちゃ」とかいう「コール」に注意喚起するくらいはしても良いと思うのですが、そもそも問題の所在さえ認識されてはいないのでしょう。
 オリンピック憲章の詳細は日本組織委員会のサイトで、アレな具合を是非その目でご確認ください。↓
http://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2015.pdf
 てゆうか、クーベルタンも次のように吐露しています。曰く「スポーツはもっとも気高い情熱のみならず、もっとも卑しい熱情をも目覚めさせる。‥平和を促進するためにも、戦争を引き起こすためにも使いうるのである‥」(「IOC会報二号」/孫引きだけど)
 いわゆる近代オリンピックの理念は、スポーツに内在するその性格から、たえず「国威の発揚」との葛藤に引きずられています。それに加えてロサンジェルス大会以降はその露骨な商業主義による利権ビジネスの悪名が追加されます。
 オリンピックがいかに「平和の祭典」などと糊塗しようとも、現実には「国策プロパガンダ」や「ブラックビジネス」の舞台として機能してきた歴史は覆い隠せるものではありません。
 東京という都市が今回そこに2兆3千億円(概算)をつっこむ意義はどう考えても見いだせないのです。東京都にそれだけの政策リソース(お金と知恵)があるのであれば他に優先してやるべき事はたくさんあるはずです。起こりうる震災に対する医療拠点の追加とか、少子対策としての若者世代や子育て世代への生活支援、こどもの貧困への手厚い保護とか、高校生・大学生への就学支援とか。
 オリンピック憲章を読む限り、既にIOCの歴史的使命は終わったと感じます。誤解なきよう付言しますが、なにも「スポーツの祭典」そのものを否定しているのではありません。ただ、もう「国家的スペクタクル」としては、それを開催する必要はないでしょうし、業界の内輪団体を税金で儲けさせる必要もありません。アートに関するビエンナーレ、トリエンナーレとか、映画に関しての国際映画祭、あるいはスポーツのなんとか国際リーグ大会みたいにそれぞれ思い思いに楽しめばそれでよいではないですか。
 なので、わたくし川村も、「東京オリンピックおことわリンク」に連帯してつぎのとおり宣言します。
 孤立を恐れず、多くの未だ見ぬ「おことわり宣言者」との出会いを求めて、私は本日自らの「おことわり」を高らかに宣言する!
 「東京オリンピックなんていらない」と。

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by poemaquince | 2017-01-23 01:44 | 安倍辞めろ! | Comments(0)