M-51Parkaに関する2,3の事柄

いいかげん「日本ホルホル」やめませんか?

 ユーキャンが「保育園落ちた日本死ね」を今年の流行語に選出したところ、隠れヤンキー系のタレントさんがツイッターにて「違和感」を表明したりしていると3Kシンブンが報じています。
 そもそもその他の受賞した流行語も含め、ほんとに「流行」したの?という本質的な疑問はいったん横に置くとして、「保育園落ちた日本死ね」に対するタレントさんからの「違和感の表明」には強い違和感を感じます。このツィートをされたタレントさんには、行政権力の執行機関(何故か大阪府警)の末端が発した「憎悪のことば」を明確に否定しない「府知事」や「担当大臣」についてどのように感じられたのか、ぜひ伺ってみたい気がします。

 この件ではもうひとつ、からっぽ「評論」の巣窟といわれる「アゴラ」系の空間にあふれるマトハズレな批判、たとえば「「日本死ね」という言葉が公共空間に飛び交う不気味さ」http://agora-web.jp/archives/2022971.htmlなどの「日本無謬(むびゅう)の言説」にも辟易です。
 そもそも論者の発想が「保育園落ちた日本死ね」=「日本を貶めるもの」という歪んだ前提から出発しているので、ご本人はまわりが見えておらず、有効な論に到達できてません。なぜか、ナチを引き合いに出して頓珍漢な論理を展開していますがその論旨は中学生並みです。まあ、たわけたオサーンが100PVくらいのブログでのたまっている分にはかまわないとは思うんですが、実際にはそこそこのPVを稼いでしまっています。(現時点12/3でアクセスランキング1位!ですね)
 問題は、こういったぬるい「評論」(っていうかほとんどデマゴギー)のたぐいが何故か無料のニュースアプリとかに多数採用されているという現状です。この手のデマに近いバイアス記事の浸透が、スマホでしか社会をしらない若い人たちの意識の形成に一定の影響を与えてしまっているのではないかとの懸念を強く感じています。そして(そこそこ歳はとってる)日本ホルホルな人々のバイアスの補強にも一役買っていることについても論をまちません。
 ニュースアプリのビジネスモデルはよく知らないのですが、3Kシンブン(や系列のizaやZAKZAK)のヨタ記事とか、この「アゴラ」とかの空っぽな「評論」とかを、ニュース記事配信として数多くみかけます。
 たまたま「日本ホルホル」大好き系のユーザクリック数から選択されて表示されてしまうのか、あるいは「見えない」スポンサーがいて「大人の事情」で表示されるのかよくわからないのですが、その辺のご事情をご存知の方がいらっしゃいましたら是非ともご教示いただけたらと存じます。
 そういえば、この「エキサイトブログ」に於いても下司な「排外ブログ」が上位PVを占めていたりします。もうほんと、我々の「自由で寛容な日本の社会」を貶めるような「排外ブログ」は、早々にご卒業されるよう執筆されている方には気づいてほしいと強く願うばかりです。
 いやはや、マッコードラジエーター社のM-1シェルとかについて書くつもりがこんな話になっちゃいました(笑)。ほんとにもう、どうしちゃったんだろ日本??

(コメントに対する返信)
お返事のコメントが長くなりましたので、欄の文字数の関係で本文のほうに追記させていただきました。以下、コメントに対するお返事です。
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Tさま
 コメントありがとうございます。
 Tさんは、「保育園落ちた日本死ね」の全文はご覧になりましたか?わたしは、今年の2月か3月頃にそれを読んでイタく「感動」した覚えがあります。
 その匿名のグログを野党政治家が国会質問で取り上げ話題となったわけですが、その後かなりの反響が巻き起こり、待機児童問題に世間の関心が注がれました(一瞬だったけど(笑))。
 まっとうに日本(の社会)を心配し、憂える人々のあいだでは、この超少子高齢社会の行く末というのは、非常に深刻なイシューのひとつであり、我が国喫緊の課題であるわけです。ところが歴代政権の政治リソースの配分は高齢者への投入が優先され、表裏一体であるはずの少子社会の問題は顧みられてきませんでした。
 そこに、このブログ投稿が話題となったわけでした。
 http://anond.hatelabo.jp/20160215171759
 保育園の選に漏れた絶望と、どうでも良いぬるい事がらに金を突っ込んでる日本の政治への怒りがひしひしと伝わってくる叫びです。「死ね」という言葉は、私は全く使いませんが、読んでいただければ判るとおりこの文脈での用例は、ネットジャーゴンとしてはかなりポピュラーな使い方なのではないでしょうか?
 にもかかわらず、子育てもされている?タレントさんが、的外れな「つぶやき」をされている事にはやはり違和感を感じています。「汚い言葉」が宜しくないというのであれば、まずはオキナワでの「憎悪のことば」について擁護する「政治上の責任者たち」について「ツィート」するべきだったでしょう。
 さて、といったような前振りのうえで、Tさんのコメントについての見解をのべさせていただきます。
>日本の政治家ともあろうものが恥じるでも憤るでもなく、笑顔で受賞するのには、違和感を覚えるのは当然かと。
→縷々説明させていただいたとおり、政治家本人が「受賞」したわけでなく、ブログの言葉に象徴される少子化対策、児童待機問題について国会質問で取り上げた当事者として登壇したもので、恥じたり憤ったりする必要もないですよね。
>その発言に対し危険思想とレッテルを貼り謝罪させるのがリベラルなのか。
→「危険思想とレッテルを貼り謝罪させる」??そんな必要はないとおもうけど。てゆーか誰が???
>自由で寛容とは何なのか。
→人権が尊重される多元的な社会、社会的少数派であっても権利が擁護されること。
>少なくとも死ねなど過激な言葉を取り上げて扇動するのは政治家として間違っている。
→「死ね」などと「煽動」??そんな政治家がいたとしたらほんと間違ってるよねえ。「今この場で心からの敬意を表そうではりませんか」とマジで煽動した政治家はいましたけどもね。

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by poemaquince | 2016-12-04 01:28 | 安倍辞めろ! | Comments(1)
Commented by T at 2016-12-09 18:06 x
別に某タレントのファンでもないが、日本の政治家ともあろうものが恥じるでも憤るでもなく、笑顔で受賞するのには、違和感を覚えるのは当然かと。その発言に対し危険思想とレッテルを貼り謝罪させるのがリベラルなのか。自由で寛容とは何なのか。
少なくとも死ねなど過激な言葉を取り上げて扇動するのは政治家として間違っている。